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書評|『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』平松洋子(文藝春秋)

おいしそうに読ませる。読んだら食べたくなる。『週刊文春』の「この味」も、『danchu』の「台所の時間」も、平松洋子さんの連載は毎号見逃せない。

食べものエッセイの名手が肉を追ったノンフィクション。羊、猪、鹿、鳩、鴨、牛、内臓、馬、すっぽん、鯨。生きものが食材になる。命をいただく。情景が目に浮かび、狩りのシーンに息をのむ。料理の描写にのどが鳴る。日本全国に肉にまつわるストーリーがある。関わる人の言葉が生々しく、胸を打つ。

島根・美郷町役場産業振興課の職員・安田亮さんは「自分たちの暮らしは自分たちの手で守る」と腹をくくり、害獣だった猪を相手に奮闘してきた。

行政から補助金を引っ張ってきてパッと見の成果を出した気になって、その補助金がなくなったら終わり――そんなことをやっていても、けっきょく何も変わらないんじゃないか?

山梨と埼玉の県境に近い奥秩父の山中を、サバイバル登山家の服部文祥さんと歩く。服部さんのサバイバル登山は、最小限の装備で山に入り、食糧は可能な限り自力で調達しながら自然そのものに近づく行為。そのひとつとしてあるのが冬場の鹿猟だ。服部さんは話す。

「獲物は自分たちの生涯を生きてきている。鹿は鹿の経験を積んで、俺は俺の経験を積んで、一生懸命生きてきた者同士が山で交差する。獲ればやっぱりうれしい。自分の能力を、映し鏡のように獲物に集約して見ているんだと思う」

北海道にある襟裳でただ一軒の日本短角種の畜産牧場「高橋ファーム」を経営する高橋祐之さんは、短角牛との関係をこんなふうに表現する。

「短角牛を育ててきたのは、厳しい環境のなかで『この牛とともに生きる』という人生選択をしてきた人たちなんですよね」

うまみの濃さ、食べ心地の軽やかさ、このふたつが同居しているのが「高橋ファーム」が育てた短角牛の持ち味の特徴なのだという。

 トングを握って、網の上で焼く肉に視線を注ぐ高橋さんの真剣な目。
「あ、いいね。いまが食べどきだね」
 リブロースを切り分けながら、続けた。
「命が食べものに変わる瞬間を逃しちゃいけない」

肉を食べる。行為を深く掘りさげて、その意味を探る。連綿と続く歴史、新しく生み出された工夫、これまでになかった価値の創造を知って驚く。わたしたちは死ぬまで食べつづける。きょうもあしたもあさっても「食べて生きる」のだ。だからこそ、命をいただくありがたみを、しっかりと噛みしめなければ。

「がんっと網に乗っけて、取り合いになって貪るように食う。これですよ、肉だろうが内臓だろうが、これが焼き肉の醍醐味なんですよ」

東京の渋谷・宇田川町にある炭火焼「ゆうじ」の店主である樋口裕師さんの言葉だ。ああ、うまい肉を腹いっぱい食いたい。

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