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ポリポリ #シロクマ文芸部

 街区ガイク自来也ジライヤ」は、この辺りでは最も治安の悪い地域だ。
 当たり前だが通称だ。本来は「11街区」という至ってそっけない名称だが、暴力集団の溜まり場になっているところからその名がついた。

 街は、中心から螺旋状に行政区が広がっている。昔々のトーキョーは23区だったらしいが、人口が減少し始めて何世代か後、行政区の仕切り直しをして、人々は小さな都市に固まって住むようになった。現在、23区は荒川を真ん中に千葉と埼玉に食い込むようにエリアを大きく北にずらし、パリに模して造り変えられた。狭い地域に高層ビルがひしめき合ってニュートーキョーシティと呼ばれている。あまり趣味の良くない名前だと評判だ。現在のところ、ニュートーキョーシティの人口は国の全人口のほぼ80%だ。

 比較的元気で活動的な人々は、すでに他国に移住していた。かつて栄華を誇った時代は、働き先に観光にと外国から人々が押し寄せた時代もあったが、老人の国となってからはあまり楽しい場所ではなくなった。働き先と言うよりは終の棲家を目的として移住する奇特な人々を除けば、この国はもはや魅力のない場所と化していた。
 
 人間のいない地域はロボットによって開墾され、気候に左右されない広大なドーム型の農場が広がっている。
 人間が減った分自然はよく残っているが、かといって地球規模の気候変動やかつて無計画に生態系を壊した傷跡は深く、必ずしも自然と共に生活する人が多いわけではなかった。彼らは農場や牧場を管理して暮らしたが、管理は基本AI制御なので特別することもなかった。彼らは皆、無気力に寝そべっていることが多かった。そのうちに、農作物をサプリメントにする技術をAIが開発し、人間の食べ物は「ポリポリ」と呼ばれるサプリメントに移り変わっていった。
 
 都市でも田舎でも、だいたいのことはAIで制御されたアンドロイドやマシンがやってくれるし、不便はない。それでもどういうわけか貧富の差は存在したし、混血してさほど見た目が違わないのにその出自で差別も存在した。次第に自然出産が難しくなってはいたが、それでも国の方針としては「諦めない」というのがキャッチフレーズだった。

 荒川を挟んで北側には11街区を含むいくつかの街区に比較的若く活動的な人々が集まっていたが、南側は廃墟かと思うほど静かで物音もしない。南側に住む人々はほぼ人間としての活動をやめていた。

「『UNIVERSE 25』っていう動物実験を知ってるか」
 11街区「自来也」のリーダーは人々を集めて演説をした。
「1968年からアメリカの動物行動学者ジョン・B・カルフーンはネズミを使ってユートピア実験をした。隔絶された空間の中でエサなどを豊富に与え病気を予防し天敵のいない環境を作ると、最初は勢いよく増えるものの次第に格差が生じ、支配者と被支配者に分かれる。ネズミはだんだん無気力になり、性的にも社会的にも成熟しないまま子孫を残せなくなり絶滅したという実験だ」
 リーダーは言葉を区切ると、ひとりひとりの顔を見渡した。
「でもリーダー。あれって、都市伝説ですよ」
「都合のいい結果が出るまでやり続けた実験だという話じゃないですか」
 無気力な目をした男たちが言った。最近、そういう目をする人間が増えている、とリーダーは危機感を感じている。
 当初は違っていた。このままでは人類が滅んでしまうという危機感から、無気力に陥った人々に喝を入れるために、家を訪ねては覚醒せよと促してきた。啓蒙集団のつもりだった「自来也」は、気が付くと訪問ではなく家に押し入って、強盗殺人も辞さないほどの暴力集団と化していた。
 そんな暴力行為に及んでも、眉ひとつ動かさず部屋の隅にうずくまる人々を見て、底知れぬ恐ろしさを感じていたのも最初の頃だけだ。「自来也」というステッカーを貼ることだけは一貫して変わらない儀式というか習性だったが、しかし、どうしてそのステッカーを貼るのかを理解するほどの知性を持つ人間すら、このところ激減していた。
「もう~、やめましょうよぉ。面倒じゃないですかぁ」
 彼の隣にいた女性も間延びした声で言った。
「だいたい、南エリアの居住区なんて、どこも廃墟じゃないですか。あたしたちが押し入っても、じっと部屋の隅でうずくまってて。モノを取ろうが家財を壊そうが、無反応で」
 その隣の女性も言う。
「そんなところに「自来也オレ、参上」なんて紙を貼ったところで、無意味ですよ、無意味。ああなんか、眠くなってきちゃいました。ポリポリ食べて寝ようかな」
 あちこちで欠伸をする音がひっきりなしに聞こえていた。
「このままでいいわけがない。このままでは、我々は滅びてしまう・・・」
 そう言いながら、リーダーも欠伸をかみ殺した。
「働かなくたって、ポリポリがあれば生きていけるんだし、無駄な努力をする必要ありますか」
 最初の男が言った。
「だがしかし、我々は諦めてはいけないんだ。諦めたらそこで試合終了なんだって安西先生も言っている」
 そのうち、持参した袋や瓶からポリポリを貪り喰う音がそこかしこに響き渡った。
 ポリポリポリ
 ポリポリポリ
 ポリポリポリポリポリポリポリ

 ハッ
 我に返ったリーダーは、手に持っていた袋を落とした。
 演説しているはずだったのに、気が付くとポリポリを食べている。
 ああもう、おしまいなのだろうか。
 そんなふうに考えることも、この頃次第に無くなってきた。
 リーダーは虚空を仰いだ。
 あの実験のネズミのように、今の自分たちも、誰かによって実験されているのだろうか、と思った端から、彼は袋を引き寄せてポリポリを食べ、それが無くなると隣の男から瓶を奪った。
 そして無心に、ただ噛み砕くという行為に没頭した。

#シロクマ文芸部


 

 

 
 
 
 

 
 

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