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シュール

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吉田図工のシュール作品です
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2022年3月の記事一覧

【ショートショート】土曜日の電撃発表

-今回の電撃発表のご感想は?- 「どうって一番割を食ってるのは私だと思います」 インタビュアーの質問に答えると水曜日は肩を落とした。 「元々週中で好かれてなかったんです。なのにいきなり月曜襲名という形は…ちょっと心の整理がつかないです。納得は…いってないですね」 事の発端は土曜日の電撃発表だった。 「私は、日曜日の手前という恵まれた環境で週休二日制の導入と共に『休日』という称号を得ました。しかしこのまま休日に甘んじてて良いのだろうかという疑問を持つようになりました。 自分の

【ショートショート】その占いが当たる理由

「…それでさ、目の前で財布を落とした人が居たから教えてあげたんだ。そしたらその人何て言ったと思う? 『それでいいんです』って立ち去ったんだよ」茶碗を手に今日あった事を妻に話す。 「意味分かんない。もしかして盗んだ財布の中身を抜いて捨てたとか?」 「だとしたらそんな堂々と捨てないだろ。俺も全く予想外の反応だったからさ。気味が悪くなってそれ以上は深追いしなかったんだ」 「確かにそうよね」と無理矢理に想像して結論づける事も出来ず夫婦共に首を捻った。 「あーそれきっと占いだよ」 話を

【ショートショート】睡眠労働

パジャマ姿の労働者が次々出社する。 「あ、課長。おやすみなさい」 「お、おやすみ」 挨拶を交わし自分のワークベッドに鞄から取り出したマイ枕を置き 始業の子守唄に合わせ就寝する。 正午にアラームが鳴り1時間の昼覚醒を取る。 昼食を取り、読書したり軽く運動したり皆思い思いに過ごす。 2人の社員が屋上のベンチで日光浴をしている。 「俺、部署異動を希望してるんだ」 「てことは起床業を目指すって事?」 「仕事で寝て家でも寝て。人生の殆どが睡眠なんて…このままで良いのかが疑問でさ」 「

【ショートショート】カプセル

待ち合わせの時間より早く到着してしまった。 辺りを見回すと喫茶店と自販機が目についた。 「待ってもせいぜい20分だしなぁ」と喫茶店を諦め自販機に向かう。 小銭を入れ、数ある商品の中から『20』のボタンを押した。 商品口にガシャンと落ちてきた野球ボール大のカプセルを取り出す。 待ち合わせ場所に戻り早速カプセルを開ける。 …しかし固くて全然開かない。 息を手に吹きかけ再度試みる。 …やっぱりダメだ。 息を整え頭にのぼった血を一旦落ち着かせ、再度大きく息を吸い込み…そして止めると同

【ショートショート】フェンシング新種目 ースマホー

防具を装備した両者がセンターラインで対峙する。 互いに息を整え闘いのフォームを構える。 そして全身から指先へ神経を集中させるように細く長く息を吐く。 会場はピンと張り詰めた緊張に静まりかえっていた。 フェンシングはフルーレ、エペ、サーブルの3種の武器があり それがそのまま種目の名前になっている。 その長い歴史に新しい風を吹かすべく新たな種目『スマホ』が創設された。 観衆の注目を一身に受ける両選手のその手には現代の武器、スマートフォンが握られている。 「チャットアプリ!」審判

【ショートショート】在宅で湿気るモラル

今週唯一の出社日。出社すると早々に課長に呼ばれた。 「吉田さん。来て早々悪いんだけどちょっといいかな?」 課長の席へ行き、少し距離をとって座る。 「この調子だと在宅勤務もまだ当分続くみたいでね、何か問題点とか無いかなと皆に聞いてるんだけどね」 課長は聞きにくい事を聞く時はいつも回りくどい言い回しになる。 「はい。今の所特に問題は無いです」 「そう。気を悪くしないでほしいんだけど…」 嫌な胸騒ぎがする。 「吉田さんの在宅時の作業、質が良い時と悪い時のムラがあってね…」 しまった

【ショートショート】最新の為なら

病室のドアを開けると見慣れぬ男が手を挙げ私を迎えた。 「やあ。仕事で忙しいのにわざわざ申し訳ない」 男のその声を頼りに友人の面影を手繰り寄せた。 「随分と痩せたな。ちゃんと食えてるのか」 見舞いの品を渡すと気を使わせてすまないねと受け取るも「酒じゃないのか」と軽口を叩く。 いつもの彼らしい口調と声に張りがある事で少しだけ安堵した。 「そんな事よりコレを見てくれ。先週発売したばかりの代物だ」 彼の手にはスマートフォンが握られている。私でも知っているマークが覗く。今や老若男女誰し

【ショートショート】三面鏡

私はページをめくる。 現実ってなんだろう。そんな哲学的で小難しい疑問を抱いたら 友人がこの小説を紹介してくれた。 よく考えたら今までありそうで無かった設定なのだが、小説の中で主人公はある小説を読んでいるのだ。 私は小説の中に描かれている現実というものにひどく惹かれる。 今自分の存在する現実とはちょっと趣の違う理想的な現実だと感じてしまうのだ。 私はページをめくる。 小説の中の主人公はとても理不尽な仕打ちに苦しんでいた。 それを読む私も今、理不尽な仕打ちに苦しんでいる。

【ショートショート】不急車

「何だあの車…救急車?」 酔い醒ましに友人と夜道を歩いていると青紫色のランプ、サイレン音の無い一見救急車の様な車が横切った。 「ああ、あれは不急車だよ」 見慣れた様子でそう言った友人の職業は消防士だ。今日は非番で久しぶりに晩御飯に行った帰りだった。 「ふ、不急?聞いたことないよそんな名前」 友人はミネラルウォーターをひと口飲み、ふうとため息を吐いた。 「緊急通報の2割程度は不搬送って話は聞いたこと無いかい?かすり傷程度の子供の怪我で呼んでしまう過保護な親はまだ分からなくもない

【ショートショート】ヘモグロビンの憂鬱

駅に着くと通勤ラッシュの電車は乗客を弾き出した。 まるで自分は生産ラインから弾かれた不良品みたいだなと思った。 ターミナル駅だというのにホームからコンコースに繋がるエスカレーターは その乗客数に比べ設計ミスを疑う程に頼りない。 我先にと群がり乗り切れない人々が乗口で根詰まりを起こしている。 その群がりの最後尾に着けながらまるで脳梗塞のようだなと思った。 そして自分もそのヘモグロビンの一つを担っている事に嫌気がした。 まさにヘモグロビンとするならば、周りの者達はこれから社会に酸

【ショートショート】辞表の向き

先生、レントゲンを眺めたまま無言で居られると不安でなりません。 「吉田さん。失礼ですがご職業は」 …普通の会社員です。悪戯に不安を煽らないでくださいよ。何か関係があるのでしょうか。 「最近変わった事はありましたか」 確かに非常に大変な状況です。多数の同僚が立て続けに辞めて残された者にしわ寄せが来ています。私もそのおかげで見事このザマです。早く復帰して戻らないと。呑気に休んでる暇は無いんです。 「その心配は会社に任せて。今貴方はご自身の心配をなさるべきです」 もちろ

【ショートショート】トンセンコ

例えばエアコンは不定期にTアラートが発生すると一時停止する。 朝からつけっぱなしだったかしらとリモコンを手に取ると『T』とだけ印字されたボタンを押す。 するとエアコンは暖かな風を再び吐き出し始めた。 リビングを念入りに走っていたロボット掃除機もアラート音と共に『ナゼワタシハソウジバカリシテイルノデショウカ』と声に出し虹色にLEDを点滅させた。 まだこの段階では自力で充電ドッグまで戻る事が可能なので、本体のTボタンを押す。 充電ドッグまで戻ると虹色のLEDは正常を意味する緑色に

【ショートショート】節約家の主張

昼下がりの喫茶店。 友人は大きく溜息をついた。 「おいおい。まるで私と居るのがつまらない様な溜息だな。親しき仲にも礼儀ありだぞ」 「こりゃ失敬。君を見てるとつい昔を思い出してね」と苦笑いしながらも頭を掻いた。 ははんと私はこれ見よがしに髪をかき上げた。 「なるほど分かったぞ。要するにお前さんはケチなんだよ」 「君こそ親しき仲にもじゃぞ。わしはケチではなく節約家なんじゃよ」 まるでケチじゃない事を証明するかのように友人は珈琲のおかわりを頼んだ。 「長年の付き合いだしお前さんの性

【ショートショート】自分国

その国の旅行者はバックパッカーばかりだ。 彼らの旅の目的は…ちょうど誰か来たようだ。実際にご覧いただこう。 *** 「はじめまして、ご一緒していいですか?」まだ顔に幼さを宿した青年は会釈した。 「もちろん。君は『探し』だね。その眼で分かるよ」 「ということは貴方は…。実際この一週間『自分探し』の方にしか出会えなかったので嬉しいです」 「もしそうだとしても君のお眼鏡に叶うかどうか。先ずは乾杯でもしようじゃないか」 「ご謙遜を。最終的に決めるのは貴方です」 2人は酒で乾杯し、お