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【ショートショート】不急車

「何だあの車…救急車?」
酔い醒ましに友人と夜道を歩いていると青紫色のランプ、サイレン音の無い一見救急車の様な車が横切った。
「ああ、あれは不急車だよ」
見慣れた様子でそう言った友人の職業は消防士だ。今日は非番で久しぶりに晩御飯に行った帰りだった。
「ふ、不急?聞いたことないよそんな名前」
友人はミネラルウォーターをひと口飲み、ふうとため息を吐いた。
「緊急通報の2割程度は不搬送って話は聞いたこと無いかい?かすり傷程度の子供の怪我で呼んでしまう過保護な親はまだ分からなくもないが、
酔って帰れないから家まで送れとタクシー代わりに呼ぶ奴とか、ゴキブリが出たからどうにかしてくれなんてとんでもない通報も実際あるんだ」
「それテレビで観た事ある!不謹慎でとんでもない事だと驚いたよ」
「一応規則でどんな通報でも直行しなければならない。でも明らかに度を超えて不謹慎だと判断されればあの『不急車』の出番さ」
「なるほど……。んで、不急車って何なの?」
「名前の通り。別に急いでないから一般車は道を開ける義務はない」確かに遠くで信号待ちしている不急車の姿が見える。
友人は質問にちゃんと答えているが、ちゃんとはぐらかしてもいる。
「ちゃんと答えてよ。でもさ、わざわざ車を向かわせるって事は何処かへ搬送するんだよね。一体何処へ…」
「知りたきゃ今から酔って帰れないって通報してみればいいさ」
「…気になるけど流石にやめとくよ。まぁ秘密って事だね」
「ちなみに、不急車の事を俺らの間では『OQ』って通称で呼んでるぜ」
「OQ…お灸だったりして」

友人はニヤリと不敵な笑みを漏らした。

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