見出し画像

【短編小説】マスターとねこの初めてのクリスマス。

YORU珈琲店の現マスターとねこの、初めてのクリスマスのお話。

◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◆

〈人物紹介〉
・マスター…街を転々と旅しながら傭兵の仕事をしている隻腕フリーター。
・ねこ…白い猫の獣人。名前はまだない。

illust by 麻衣さん
ありがとうございます!

◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◆

今日はクリスマスイブだ。
街で少年少女の聖歌隊がクリスマスキャロルを歌っている。
ねこはその歌声や音楽に忙しなく耳を傾けていた。

ねこは数ヶ月前に俺が仕事でとある教団から警護を頼まれた彼らの崇拝対象なのだが訳あって教団はもう存在しない為、俺が預かっている。

ねこの実年齢はわからないが見た目で言えば10歳にも満たない少女で、21歳の俺が連れているのは少々躊躇われる。とは言え獣人なので殆どのニンゲンは大して何も思わないだろう。
この世界で獣人は神の使いー神獣ーとされているが扱いは愛玩動物に近いのだ。
そして神獣とされる生き物は特殊能力を持ち眷属とすることでその恩恵を受けられる為、従えるものも多い。

ねこがどう考えているかはわからないが、俺は彼女が「ついていきたい」と言うから連れているだけで眷属にする気も“飼う”つもりもなく、自由になりたいと言えば離れていけば良いと思っている。
だから名前もつけていない。

獣人の成長はニンゲンと違い種族や個体によって大きく異なり、ニンゲンを基準にすると年齢に比べ容姿が幼体であったり成体であったりと見た目での判断は難しい。
また“格”があり、上であるほど持ち得る能力値が高く、自らの意思でも姿を変えることも出来るらしい。
ねこはどうなんだろうか。

あの時眩む目で一瞬だけ見えた、教団を滅亡させた『アレ』は夢か幻か、日が経つにつれて現実味がなくなっていく。
そもそもねこではないナニカかもしれないし…。

それはさておき、今日はクリスマスイブだが少しだけ仕事がある。

ねこはクリスマスを知らないと言っていたし俺も誰かとクリスマスを過ごすのは久しいので仕事が終わり次第、街のクリスマスマーケットを回ったりして、ねこにプレゼントとケーキを買って宿でそれらしく過ごそうと考えている。

仕事の方は商店街の警備で今日は午前中だけ。
こんな日に犯罪なんてそうそう…

ガシャーンッ
ジリリリリリ…!

何処かから硝子が割れる音と次いで警報が勢いよく鳴った。

「ねこ、ちょっとここで待ってろ」

隣で雪だるまを作っていたねこにそう言って音が聞こえた方へ向かった。

商店街に入ると同時に先の方からサンタクロースが大きな袋を担いで大急ぎでこちらに向かって走ってきてすれ違った。
…素通りしたが、どう見ても怪しいのは明らかだ。俺は踵を返して声をかけてみた。

「おい、アンタ何か落としたぞ」

「えっ」

怪しいサンタクロースは立ち止まり身の回りを見たり担いでいる袋が破けていないかと見たりし始めた。
…うん、間抜けだな。
ここでちょうど『あわてんぼうのサンタクロース』でも流れていたら最高に面白かったのに。

俺はこのお間抜けでお粗末なサンタクロースをもう少し見ていることにした。
だって捕まえるのは余裕だろ、近づいても気にしてないんだから。

「チッ…別何も落としてねぇじゃねーか!オレは急いでるんだ!じゃあなアンちゃん」

「確かにこれは運ぶのが大変そうだな」

俺は袋からそっと抜き取った宝石の輝くネックレスを目の前で揺らしてみせた。

「?!どこからそれを…ウワッ!!!袋が切れて!いつの間に!」

間抜けなサンタクロース否、間抜けな泥棒がまたそこで足止めを食らっている間に警察が追いついて向かって来たので、俺は男の腕を掴んで引き渡そうとしたーーー

「捕まってたまるかー!」

もう諦めただろうと思っていただけに掴んでいた俺の手は簡単に振り払われて、男は走り出した。
そして不運にもその先にねこが作ったねこ型雪だるまと新たな雪玉を転がすねこがいた。

「邪魔だ退けーーーッ」
「ねこ!危ない!」
「お嬢ちゃん、逃げろー!」

泥棒男と俺と警察の声が重なった。

しかしあろう事かねこは、ねこ雪だるまの前に立ちはだかると今し方転がしていたー自分の3分の1程の大きさのー雪玉を持ち上げ、なんと、泥棒男に向かって投げたのである。


ドゴッ

ねこの投げた雪玉は見事命中、泥棒男は顔面にクリティカルヒットを受け一発ノックダウンした。

ねこよ、お前は凄いぞ。
どうやらその儚気な見た目からは想像もつかないチカラを持ち合わせているようだ。
これは今日のご飯とプレゼントを奮発してやらねばなるまい!

俺は喜びのあまり勢いでねこを片腕で抱き上げてハグしようとしたが、ねこは腕を突っ張ってそれを阻止し抱き上げられるまでに留まった。

「マスター」

「ん?」

「ねこは やくにたった?」

「あぁ、ものすごくな!」

俺がそう言うとねこは満足気に尻尾をふわふわとゆっくり左右に振った。
猫の尻尾の動きって何か意味があるんだっけな…後で調べてみるか。

そうこうしている内に泥棒男は警察に連行され、俺の勤務時間も終わった。
その後、ねこがねこ型雪だるまの隣に雪玉ひとつぶん背の高い雪だるまを作り終えると2人でクリスマスマーケットに向かった。

マーケットにはクリスマスのオーナメントや置き物、それからお菓子と軽食などが多く並びキラキラと輝いていて、一段と大きく見開かれたねこの瞳も同じくらい輝いていた。

「欲しいものがあったら言えよ」

「うん」

返事はしたものの途中何か言うこともなく一巡終えてしまったので休憩がてら周囲で売っているホットチョコレートとホットワインを買い、暖をとりつつねこへのプレゼントを考えた。
ねこは寒がりなのか俺の外套に潜り込んで包まって膝の上に座り、猫舌には熱かったらしいホットチョコレートをふーふーと息を吹きかけ冷ましている。

今着ている冬服とコートと手袋は少し前に買ったばかりだしなぁ…もしかすると買うことを遠慮しているのかも知れないが何が欲しいのか当てる能力は無いので、やはり言ってもらわないと困る。
…女の子はこういう時、見当違いのものを渡すと怖いからな。そうではない女性もいるとは思うが、これは偏見と言われてもいい、俺は女の子の「なんでもいいよ!」は信じていない。

それはさておき、飲み物を飲み終え身体が暖まったところでねこがもう一度見たいと言ったので二巡目に行くことにした。
今度はねこの目線の先を気にかけつつ巡っていると、ねこがひとつの店の前で足を止めた。店先にはふわふわの毛のぬいぐるみや可愛らしい置き物が並んでいる。
それとなく見ているとひとつのぬいぐるみと目が合った。
真っ白な毛で赤いビーズの目のウサギ。
ねこと交互に見る。丁度ねこも同じあたりを見ている気がする。

「こいつ、お前にそっくりだな」

何気なく取って渡してみるとねこはぬいぐるみをたかいたかいする様に持って見つめた。
それを見て店主の女性が話しかけてくる。

「このうさぎのぬいぐるみは特に人気でね、色んな色の子が居たんだけど…その子が最後なのよ」

ねこは耳だけ動かして返事すると俺を見上げた。

「ねこ、これがほしいです」

ウサギのぬいぐるみを抱くねことウサギのぬいぐるみに見つめられ、俺は急に息苦しくなった。
…嗚呼、かわいい。
即決でぬいぐるみと着せ替え出来るらしい服をひとつ合わせて買い、ラッピングの代わりに真っ赤なリボンをウサギの首に結んでもらった。

宿への帰り道、目の前を歩くねこは何処となく機嫌が良さそうに尻尾をくねらせながら軽い足取りで歩いていた。
髪もコートもその下から覗く尻尾の先まで全て白くて、たまに振り返って覗かせる瞳とウサギのリボンの赤がとても映えて可愛い。
その姿を見ながら良いプレゼントを思い付いて、道すがら見つけたお目当ての物をさっと買ってポケットに忍ばせた。

「なにをかったんですか?」

「んー、後でな」

宿は老夫婦が営む珈琲店兼バーの2階だ。
この街を訪れたばかりの頃に不運にも仕事も宿も無く、遅くに立ち寄っては時間を潰していた俺を見兼ね、優しい夫婦は俺の事情を聞き空き部屋を貸してくれることとなったのだ。

「あら、2人ともおかえりなさい」

「ただいま帰りました」

「ただいまです」

「おかえり」

夫婦はとても親身に接してくれる。
それは俺にとってもねこにとっても、有難いことだ。

「かわいいウサギさんね」

「はい、マスターにかってもらいました!」

「よかったわね」

おかみママさんがお客さんに呼ばれて行くと旦那さんマスターが珈琲を淹れながら言った。

「今日はもう直ぐ店を閉めるんだよ。その後少し時間はあるかい?君たちが嫌でなければ細やかだが一緒にクリスマスを祝いたいんだが…」

「クリスマスをいわう?」

「そう、ねこはクリスマスは初めてだもんな。是非、ご一緒させてください」

「よかった、かみさんも喜ぶよ」

その後、俺とねこは店の手伝いをして直に店は閉まり、老夫婦とねこと俺とで食事と会話を楽しみクリスマスイブを過ごした。
食事を終えて旦那さんマスターの淹れた珈琲を飲みながら話しているうちにねこは俺の膝の上でウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えたままカウンターテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。
ロウソクの暖かな灯りの色がねこの髪に映って揺れている。

「もうこんな時間か…私たちも休もうか」

「そうですね。旦那さんマスターおかみママさん、ありがとうございます、本当に…。よそ者の俺だけでなく突然連れてきたねこまでこんなに良くしてもらって…」

「いいのよ、年寄りのお節介なんだから気にしないで頂戴」

「あぁそうさ、我々はこの歳だから君たち若者が居てくれることで活力を分けてもらっているんだ」

俺はもう一度お礼を言ってから、ねこを抱え2階へ上がった。
普段はもう慣れてどうと思わないがこういう時、腕が一本である事を不便に感じる。
眠るねこを抱えながら起こさない様に扉を開けたり、ベッドに降ろしたりする動作は少々至難の業だ。
ベッドに降ろしたねこは案の定起こしてしまったらしい、俺の服を掴んでいて目を薄っすらと開けた。

「マスター」

「ごめんな、起こした」

ねこは閉じそうな目で小さく首を横に振った。

「マスター…ぬいぐるみ、ありがとうございます…おともだち…うれしいです」

「そうか…そうなら俺も嬉しいよ」

ねこは微笑んで再び眠りについた。
俺も欠伸を一つして疲れと眠気に気付きそのまま眠った。

朝起きると時刻は9時を回っていて一瞬ドキリとしたが今日は仕事のない日だと思い出してもう一度枕に突っ伏した。
横に手を伸ばすが隣に居るはずのねこはおらず、随分前に起きて部屋を出たらしく布団は冷たい。

と、丁度そこへねこが戻ってきた。
ねこと共に部屋にバターと砂糖の甘い香りが流れ込んでくる。

「おはようございます、マスター」

「ん…はよ…」

「きてください!あさごはんつくりました!」

なに?ねこの手料理…?
よく見たらねこは髪を緩く三つ編みに結って、フリルのついたエプロンをかけている。エプロンのポケットからはウサギのぬいぐるみが顔を覗かせていた。

嗚呼ねこ、俺はどうやら魔法をかけられたらしい。…ねこの全てが可愛く見える魔法。

俺の寝起きでよれている服とぐしゃぐしゃの髪を直していくねこが正面に来た時、俺はハグしようと試みたが何食わぬ顔で避けられてしまった。
ねこは気分屋だよな、膝の上に乗るし抱きかかえられはするし、寒ければ自分からくっ付いてくるくせに俺からのハグは絶対に嫌がる。何が違うんだろうな?

ねこに催促されて下に降りて行くとねこからした甘い香りと珈琲の香りが一層濃く感じられる。
カウンターテーブルに置かれた小さなツリーの隣に甘い香りの正体があった。


パンケーキだ。

真っ赤な色の生地が何枚か積まれ、上にこんもりと生クリームが乗っていて、苺などのフルーツが飾られている。
おまけに生クリームには赤スグリの目とチョコレートで出来た耳が付いていた。

「すごい!ねこが作ったのか!?」

ねこは嬉しそうに頷いた。

「ママさんに教えてもらいました。ねこからの、クリスマスプレゼントです」

「ありがとう…!食べるのが勿体無いな…そうだ、」

俺はポケットから小さな包みを出してねこに渡した。

「俺からのプレゼント。開けてみて」

ねこが丁寧に包みを開いて中身を手に取ると瞳を輝かせた。よかった、喜んでもらえそうだ。

「そのウサギとお揃いのリボンの髪留め、どう?」

「…ありがとうございます!あの、着けていいですか」

「あぁいーよ、貸して。着けてやる」

ねこは髪留めを着けるとより嬉しそうに笑った。ウサギの赤いリボンも後ろ側に回して満足気に尻尾を立てている。
こんなに笑ってるのは初めてみたかも…。

俺が椅子に座るとねこも隣に座り、パンケーキが食べてもらえるのを今か今かと待っている。
本当に食べるのが躊躇われるほど上手く出来ていて、俺はしっかりと目に焼き付けてから腹を括ってフォークを持った。
…めちゃくちゃ美味しい!
ねこに料理のセンスがあって安心した。

「ねこ!めっちゃうまい!初めて作ったとは思えないくらいすごい!」

褒めるとねこはまた尻尾をピンと立てて、クルル…と小さく喉を鳴らした。
こんな反応も初めてだな…。もしかするとクリスマスのおかげで少しだけ親密度が上がったかもしれない。今なら頭を撫でるくらい出来るかも…!
俺は手を伸ばしてみた。

もふ

俺の手にはウサギのぬいぐるみの頭が収まった。

「とくべつにウサギさんをなでていいです」

ねこはそうにこやかに言ってぬいぐるみを目の前に掲げた。呆気なく試みは失敗におわり、俺は仕方なくウサギを撫でた。

これがねこと俺の最初のクリスマスだった。


その後、
ねことパンケーキを食べていると…

ズシンッ

屋根の雪が落ちたのか、外から重い音が響いて店が揺れた。
何気なく窓の外を見ると

「………、…は?!?!」

俺は理解が追いつかず固まってしまった。
一見真っ白な雪景色かと思いきや、それが動いて赤い目らしきものがこちらを覗いたのだ。
これには旦那さんマスターおかみママさんも驚いて俺たちは何が起きているのか確認するため外に飛び出した。

そこにいたのは見上げる程の巨大な雪だるまだった。
しかも、2体。
いやちょっと待てよ、この雪だるま見覚えがある…昨日ねこが作っていたやつだ!

「ねこっ!!!どうなってるんだコレッ!!!??」

「あのばしょはかわいそうだったので、つれてきました」

ねこはそう言って嬉しそうに雪だるまに抱きついたが俺は気が気でなかった。

違う…!そうじゃなくて…!いや、そうだよな、広場のど真ん中に置いてけぼりは流石に可哀想だったかもしれない…。けど!けどだ!雪だるまは普通動かないだろ!?それに昨日より成長しているし…!てかいつに間に?
一体何から突っ込めばいいのかわからない。
俺が回転の追いつかない頭で捻り出した質問はとてもお粗末だった。

「…生きてるのか…?」

「??ゆきだるまさんはイキモノですよ??」

ねこの一点の曇りもない純粋な表情に俺は震撼した。


fin.

◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◆

最後までお読みいただき
ありがとうございます!

マスターとねこ、たまに絵を載せていますがお話の投稿はこれが初めてですね。
少しずつ、このお話も展開していけたらと思います。
YORU珈琲店(メンバーシップ)ではたまに2人の会話が聞けますのでご興味ありましたら覗いてみてください♪
こんな感じの2人ですが、どうぞよろしくお願いします(*´꒳`*)

お身体に気をつけて
よいクリスマスイブをお過ごしください

Merry Christmas!



◆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◆
12/26追記

いただきました。
たくさんの方に読んでもらえて嬉しいです!
ありがとうございます。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

528,964件

#私の作品紹介

97,646件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?