見出し画像

意欲を蓄える(2003)

2003年に行われたピナ・バウシュへのインタビューです。括弧内は訳者による補足です。また、作品名には二重括弧をつけてあります。

2003

2000年代のはじめ、幾人かの批評家や専門家は、ピナ・バウシュの作品に内容的な変化が見て取れると考えていた。ヴッパータール舞踊団が2003年に、スイスの 「バーゼルは踊る」という催しでDer Fensterputzer(『窓ふき人』)を上演した際にも、批評家のエステル・ズターはバウシュに行ったインタビューの冒頭にこう書いた:「バウシュのタンツテアターにおける初期の作品の辛辣な社会描写は、一つの大きな、ときに明るい芸術になった。バウシュはそれに冷静に取り組んでいる。」。ただしこの印象に対しては、ピナ・バウシュ自身が様々な対談で反論した:朗らかでダンスを楽しんでいると思われる作品にこそ、多くの痛みや悲しみも潜んでいるのだと。

意欲を蓄える

雑誌「音楽と演劇」、2004年3月

対談日時:2003年9月;対談相手:エステル・ズター

エステル・ズター:ピナ・バウシュさん、もう約20年間、あなたは旅の間に、他の都市やその劇場施設との共同制作として、くり返し作品を創っています。そのようにして、例えばもう80年代にはパレルモの作品ー私たちの社会の脆弱さに対する隠喩が生まれています。南米のブエノスアイレスでも創作をしましたよね。これらの作品にはいつも、とある文化の独特な雰囲気が現れています。そのうえ、異文化からの「拾得物」をもって、自国の状況について何かを述べたり反映したりすることに、常に成功しています。何があなたを旅に、旅先での振り付けに駆り立てるのですか?

ピナ・バウシュ:私たちは旅行者としてではなく、仕事として旅をすることが多いという幸運に恵まれています。現地の芸術家たちとの友情、親密な結びつきが生まれることも多く、こちらが受け取る着想と刺激に対して、作品として返すこと以外にはできないのです。私たちを招待する人たちは、沢山のものを入手可能にしてくれます。例えば、私の作品ではとても重要である音楽がそうです。旅行中は時間に余裕がありませんが、友人を通して様々な場所で、ある文化の歴史や、数多くのちょっとした貴重な物事について、短時間で無数に聞き知る機会を持つのです。それらは特徴的で、多くの場合は作品に再び現れます。

そして非常に大事なことですが:30年ものあいだヴッパータールに留まり、働き続けるエネルギーは無かったでしょう。つまり意欲は旅によって蓄えられるのです。好奇心もそうです。

エステル・ズター:「異文化相互間の対話」は今日、要求の多い重要な言葉です。自身のカンパニーとともに新たな土地に着き、今ここで作品を作ることが必要だと分かったら、あなたはどのようなやり方をするのですか?

ピナ・バウシュ:私たちはいつも現地で仕事をし、ヴッパータールで初演します。それから作品の生まれた場所で上演するために戻ります。異文化相互間の対話:分かりません。私は方法論を持っていません。全くもって何も分からず、あらゆることについてもっと知りたいという感じがするのです。そして実際、そのあとですることは、何もかもちっぽけなことです。悲しいことですが…。私はよく自分自身に失望します。というのも私の思いは、最終的に作り出せるものよりも遥かに大きいからです。初めは内容が貧弱に見えることが多いです…。ときに印象の多くは、だいぶ後になってからようやく作品中に入り込みますー全く別の文脈においてですが。

エステル・ズター:ヴッパータール舞踊団は、長年にわたって多くを分かち合ってきた大家族のように、長期間活動してきました。今日ではヴッパータール舞踊団は若返り、沢山の新しいダンサーを受け入れました。それでもやはり、あなたの作品はリハーサル過程において生まれます。あなたとカンパニーの間の共通点はどこにあるのですか?

ピナ・バウシュ:人生の中にあります。愛の中に…。私たちが望む全てのことは、他の人々も望んでいます。それはかけ離れてはおらず、とても近いのです。カンパニーには色々な国籍の人がいるにもかかわらず、そうなのです。

エステル・ズター:どのようにダンサーを選ぶのですか?

ピナ・バウシュ:それは私も知りたいです!優れたテクニックは前提にしています。でも中心にあるのは人柄です。ええ、踊っているその人が最も重要です。そして:私は(その)誰かに対して関心を持ち、何か学ぶべきことがある、何かがそこにあると感じるはずです。もちろんカンパニーでは、多くの者が自らを知らないという状況が生まれます。それで一緒に発見していくというわけです。

エステル・ズター:あなたの作品はダンサーと密接に結び付いています。同時にあなたはレパートリーの保存もしています。ある作品を新しいキャストで再演する必要がある場合は、どのように取り組みますか?あなたにとってレパートリーとは、作品の真正性とは何でしょうか?

ピナ・バウシュ:私たちは舞踊譜ではなく、ビデオを使って仕事をします。というのも、感情が、踊りの中の造形における個人的なものが、私たちにとっては重要だからです。そのため再演時には、作品が変化することも認めています。そして今、それはそれで一つの大事な過程になっています。

エステル・ズター:あなたが舞踊団とともにスイスに招かれることは稀でしたー1983年のバーゼルでのKontakthof(『コンタクトホーフ』)と、今回の「バーゼルは踊る」ですね。過去にはジュネーブ大劇場でもSacre du printemps(『春の祭典』)とCafé Müller(『カフェ・ミュラー』)でゲストになっていますが。それでもスイスをよくご存知のようですね?

ピナ・バウシュ:私はスイス・ロマンドが好きです。ジュネーブで、またすぐにでも仕事をしたいと思っています。


【出典】Bausch, Pina: O-Ton. Pina Bausch, Interviews und Reden. Hg. v. Koldehoff, Stefan/Pina Bausch Foundation. Wädenswil (NIMBUS. Kunst und Bücher AG) 2016.