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青いコンビニの鮭おにぎり

東武線の特急の車窓から見えるスカイツリーと荒川を目に焼き付ける。今日が最後だから。

卒業論文の口述諮問。
それが本日のメインイベントだった。

昨年の8月頃から精神の不安定さに拍車がかかり、一人暮らしの東京の7畳間で自殺未遂をした。6月に始めたばかりの人生初のアルバイトも音信不通という不義理極まりない形で辞めた。小中高とインフルエンザや忌引き以外で休まず皆勤賞を取ってきたことだけが取り柄だったのに、大学に行ける精神状態じゃないからという理由で講義を何度か休んだ。9月半ば、両親に遺書を送りつけて実家強制送還となった。居心地の良くない実家とはいえ、衣食住が保たれている状況はとても有り難かった。でもできる限りはやくこの家から出たかった。自立してひとりで生きていけるようになりたかった。そのためにはまず大学を卒業しなければならない。卒業するには卒論を執筆しなければならない。強制送還させられてから自堕落な生活を送り、片道2時間かけて週一で大学(ゼミ)に通っていた私の前に、倒さねばならぬ大きな壁=卒業論文が立ちはだかった。第一関門を突破せよ!

結論から言うと、〆切三日前に卒論を提出できた。
〆切まで2ヶ月を切った10月下旬、やっと卒論の論旨を決め、参考文献を読み始めた。周囲と比べてあまりにも遅すぎるスタートだった。けれども一度集中し始めると強かった。時間的に追い詰められた完璧主義者がいい意味で過集中できた結果だ。参考文献を1ヶ月間読み耽り、自分の知識に落とし込み、残り二週間余りで執筆し、規定の2倍の文字数に到達した。文章を書くのが好きでよかったと、心から思った。

そして年が明けて本日、口述諮問。
卒業論文と口述諮問を合わせて合格することでようやく8単位取得できる。卒業のために大事な日だ。第二関門を突破せよ!
始まる前は「どんな質問が出るんだろう…」と軽く緊張していたけれど、卒論に全てを出し切った、やり切ったとも思っていたから、小さな自信の火が心に灯っていた。
控え室①で待っていると、自分の名前が呼ばれた。真面目な面持ちで控え室②で待っていると、教授に顔の前で手を振られ「リラーックス」と渋い声で言われた。自然と笑みが漏れ、肩の力が抜けた。
そしていよいよ私の番。いざ、尋常に。

終わった。
改善点を列挙されるのではと怯えていたもんだから、拍子抜けした。むしろ褒められた。
文章が上手、完成度が高い、本当に初卒論?、成熟している、これ以上言うことがない。
たまに卒論内容に関する質問を交えながら、終始褒め倒された。むず痒かった。ありがとうございます、とんでもない、恐縮ですと小さな声で数回言った。「今後も研究を続けて論文を執筆してくれたら嬉しいです」と言われて、自分の研究姿勢が認められたのだと嬉しく思った。

校舎を出る。荒んでいた8月9月には緑の葉が生い茂り、少し落ち着いた紅葉の時期には黄色に色付いていた銀杏の木が、今日は肌寒そうに佇んでいた。卒業式後には桜の木が薄化粧をするだろう。
大学の正門をくぐる。校名が彫られた立派な正門に向き直り、一礼した。

大変な4年間だった。
正直、志望校ではなかった。オープンキャンパスにすら訪れたことのない、投げやりな気持ちで選んだ大学だった。けれども、受験日の帰り道、青い線が引かれた電車に揺られながら「きっとこの電車に乗って、この道順で大学に通うんだろうな」と思ったのを覚えている。絶対合格するという根拠もないのに、なぜか「ここに通う」と直感した。バカな勘違いだと笑い飛ばしたい気持ちもあったが、実際合格通知が届いて入学した後には、そういうこともあるんだな、くらいに思うようになった。
親との関係が拗れ、精神が破綻し、精神科に通い、就活を諦め、自殺未遂を繰り返し、遺書を書き、実家に強制送還された。
字面で見ると酷いもんだけど、その間にも同期たちと博物館に行ったり、大学近くの喫茶店でお茶をしたり、真冬の河川敷で線香花火をしたり、映画を観に行ったり、ご飯を食べに行ったりした。何もなかったわけでも、酷いことばかりだったわけでもない。はじめての一人暮らし、朝5時に起きて昨日作ったお弁当を持って徒歩20分先の最寄駅に歩いた日々。「こんなはずじゃなかった…」とうだうだ文句を言いながら上半身と顔だけ身支度してリモート講義を受けた日々。全部が必要で、全部が要らなそうで、でもやっぱり必要ななんでもない日々が、この4年間に詰まっている。

月末に企業面接を控えていて、まだ合格していないにも関わらず「就職決まりました!」と笑顔で教授に伝えてきた。言霊、大事、絶対、合格。

辛かった自分に「未来ではなんとなくどうにかなってるから大丈夫だよ」なんて無責任な言葉はかけられない。今が辛いという状況が最悪なのに、未来のことなど考えられるわけがないから。前向きな言葉がひとを殺すこと、私は知っている。お前の紡ぐ"大丈夫"は私の"大丈夫"ではないんだよって、好きだったはずの音楽を聴きながら何度も思った。本が読めない時期もあったけれど、今は段々回復してきた。聴けなかった音楽も聴けるようになってきた。

受験日の昼食は、狂ったように同じものしか食べなかった。青いコンビニの鮭おにぎり。受験期のストレスを思い出すから、大学入学後はしばらくそれを食べられなかった。軽くトラウマ。
今日、特急を待つ東武線のホームで、青いコンビニの鮭おにぎりの封を開けた。あの日、中期試験を受けた日の昼食でも食べた。あれが受験期最後の鮭おにぎりだった。
同じものを、大学最後の登校日に食べる。ちょっと感慨深い。あれ、このおにぎりってこんなに美味しかったっけ。4年間ずっと売り場にいてくれてありがとう。青いコンビニ様へ、鮭おにぎりに精神を削られ、元気と栄養をもらい、感動を与えてもらっている人間がここにいます。本当にありがとうございます。

3月中旬に卒業式がある。
カタログに載っていたのと同じコーディネートの袴をレンタルした。当日までにどのくらい髪が伸びるかな。あんまり寒くないといいな。
もし明日、なんなら今日の夜に死にたくなったとしても、大学4年間に見てきた景色は消えないから。辛かったことは記憶から消去して、いい思い出だけ保存しておこう。大事なものには鍵をかけるのもいい。誰にも渡したくない気持ちだってあるでしょ。

今日の夕飯は煮込みうどんだって。
あたたかくして寝よう。

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