『フラクタル世界』第4話


『ある日、この世界で目が覚めた、に違いない。』

なにかが、おかしい。
違和感で渓流に引き戻される。
また寝てしまっていた。
まったく何をしているのか。
日の入りが近い。
すぐに発たなくては。
渓流で顔だけを洗い、ぼくは飛び出した。
時計の針を夕陽に追いつけさせるべく、走る。走る。
走る。
沈み続ける太陽よりも早く走らなければならない。
とはいえ追いつかなくても構わない。
走っている事実が重要なのだ。
そうしているうちは、許されるから。
渓流に沿って走る。走る。
過ぎ去る森では同じ映像が繰り返されている。
立体映像は極めて緻密だが、そこに空間は広がっていない。
だが今はそんなことを気に留めている余裕はない。
走る。
安全な土は駆け抜け、岩と岩の間は慎重に飛ぶ。
ただひたすらに先を目指す。
何も考えない。
サルが木から木へと飛び移るように颯爽と。
突然。
枝につまづく。
身体が一瞬宙に浮く。
時空が歪む。
両手で重みを受け止めていた。
痛む。
まず安心する。
先ほどまでの焦燥感が薄れている。
すかさず怪我のことが頭に過ぎる。
不安になる。
…大丈夫。
痛いだけだ。
きっと今膝から血が流れている。
確認することもない。
流れていると思い込めるのならそれでいい。
少しだけ許された気がして走るのをやめる。
ぼくは、とぼとぼと歩き出した。



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