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熱狂的女子高生 3

夜を泳ぐ side.桐木いちる


 眠れない。蒸し暑いし、頭がゴチャゴチャしているし、蒸し暑いし。
 こんな時、大人な律さんはふらりとコンビニへ出かけたりするんだろうか。自分もそうしたいのは山々だけど、波風立てずに十七歳の娘をこなしている身としては、この時間に外出することはかなり難しい。
 一番近いコンビニまで、往復二十分そこそこの道のりだとしても、だ。日付の変わった真夜中に、暗く人通りのない夜へ子どもを放つことを禁じる親の気持ちを思えばそれはそうだろうという気もするし。たとえそれが世間体という単語をベースにしていたとしても、そこに心配という要素も含まれていることくらいはわかるから。
 早く大人になりたいと、最近そればかりを思う。思ってなれるなら蒸し暑さ極まる今夜だって眠れただろうし、律さんがこの時間に出かけると言ったら絶対ひとりでは行かせない。というか、行くかどうかさえわからないけれど。行くかもしれないと考えた時点で悶々に呑み込まれてしまう。
 私が大人なら、深夜に出かけたい律さんに絶対ついて行く。それにはまず、自転車よりも安全に移動できる手段を確保しなくちゃいけない。とっとと免許取ってバイトも頑張って、それで中古車が買えたあかつきには、送り迎え要員として挙手ができるという希望の一欠片。
 まぁ、それをあのひとが受け入れてくれるかどうかは置いといて、って前置きがいつでもついて回るのが切なすぎるけど。
 それでも、真夜中に律さんひとりを放流するなんてもってのほか過ぎて心配だし、今度聞いてみようかな。スルーされる前提で構わないから。
 次々湧いて出るモヤモヤをどうにかしたくて、せめてもの気分転換を期待してベランダに出る。窓を開けた途端、エアコンを入れていても隠しきれない熱気が重く肌に纏わりついた。
 周囲の家々の窓から漏れる明かりはまばらで、雲の切れ目から覗く月明かりと、光量の強すぎない街灯は私の煩悶を照らすものではない。見慣れているはずの景色は真夜中というだけで知らない顔のようで、そのやさしい異質さにほっと息を吐く。
 まるで、ゆったりとした暗幕にくるまれているみたいだ。息苦しさを伴う夏の夜に、私はそっと寄り添われていた。
 そんな中で眠れない夜とコンビニの親和性について考えながら、私と律さんの場合はどうだろうとおもいを馳せる。だが考えるまでもなく、湿り気を帯びた空気が肺を満たし、体内を循環した後に再度体外へ吐き出されるまでの間にあっさりと答えは出てしまった。
 
 私の全部があのひとを好きだってこと以外、関係ない。
 
 結局のところ私と律さんを並べた場合、現時点で示された矢印は一方通行でしかない。そしてあくまで現状の、この先どう流れていくかわからない未来は置いておくとして!
 今という一点において親和性の低さが見られたとしても、だ。それで引っ込められる程度の矢印ならエアコンの温度を下げた時点で十中八九睡眠は確保されていただろうし、夜という時間だって十七年分は体験してきたのだ。たかが眠れない一夜を特別視することなど、彼女と出会う前の自分なら有り得なかったと言い切れる。ましてや、悩ましくもそれを喜ばしいと感じるだなんて。
 気分転換以前に単なる再確認をしたに過ぎなかったけれど、それも仕方がない。だって、あなたを好きになったから。初めて会った日の衝撃が、ずっと、薄れてくれないから。
 もしかしたら、あのひとに纏わるすべてを確かなものだと信じたいだけで、色々なことを美化したり捏造したりしているのかもしれない。相互に行き交う感情が十分でない今は、その可能性は大いにある。
 だけど、そうだとしても。おもわずにはいられない。惹かれて、焦がれて、近づきたくてたまらない。
 こうして自分の身勝手を真正面から突きつけて尚、それでも断言できることがある。

「この夜よりも、律さんの髪の方がずっと、ずっときれいです」

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