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あなたのぬくもりが恋しくて

 今日も、次に夫に会う日のことばかり考えている。最近、出張が多い。結婚して24年になる。来年銀婚式を迎える私たちは、今でも仲が良く、夫は忙しさの合間を縫って、電話に出てくれたり、電話をかけてくれたりする。留守電に残してくれた夫の声を聴きながら、プロポーズしてくれたときのことを思い出した。

***

 24年前のクリスマスイブ。付き合って3年10ヶ月の記念日に、彼から誘われた。
「遊園地に、行きませんか」
 意外だった。物静かで、どちらかというとインドア派の彼とたまに出かけるのは、水族館やお花の綺麗な公園。散歩が多くて、でも、そんなのんびりとした時間を2人で過ごすのが、私は好きだった。いつも出かけるときは、学生時代、大学の帰りに別れがたくぎりぎりまで立ち話をした駅の改札前で待ち合わせた。今日もそこで待ち合わせ。いつもの公園かな、なんて思っていたら、遊園地ときた。
「ぜひ。珍しいね」
「前に君が、観覧車に乗ってみたいって言っていたから、今日、どうかなって」
「行きたい! よろしくお願いします」
 電車に揺られながら、観覧車のこと、覚えてくれていたんだなぁと口元が緩みそうになるのを堪える。こんなに人が多い日に、人混み苦手だろうに。だからこそ、今年のクリスマスイブは少し特別な気がして、ワクワクする。
 到着後、せっかくだから観覧車は最後にとっておこうと提案されて、園内を巡った。2人とも絶叫系のアトラクションは苦手なので、ボートのアトラクションに何度も乗ったり、親子でも乗れる空飛ぶメリーゴーランドではしゃいだりした。フードコートでハンバーグセットを食べて、おみやげ売り場を巡り、少し喧騒から離れたベンチで一休み。冬の遊園地は肌寒く、出店の焼き芋を分け合って食べ、暖をとった。人々はアトラクションに夢中で、私たちは肩を寄せ合って、甘くとろみのある焼き芋をおいしいねと言いながら食べた。

「そろそろ、乗る?」
「そうだね」
 観覧車は他のアトラクションより空いていたが、それでも並んだ。だんだん日が傾いてきて、冷える手に息を吹きかけ擦る。下ろした手を彼が繋いでくれ、彼の手のぬくもりがじんわりと心身を温める。なんでもない話をしているうちに、私たちの番が来た。
「いってらっしゃいませ~」
 お姉さんに見送られて乗り込むと、窓には夕焼けが広がっていた。まぶしい。彼のほうを向くと、彼も窓の外を目を細めて見つめている。横顔が夕日に照らされて紅い。
「どう?」
「うん。素敵!さっきまでのにぎやかさが嘘みたいに静かだね」
「本当に」
 彼は言葉少なに今日のことを語った。相槌を打って、私も楽しかったねと返す。またあのボートやメリーゴーランドに乗りたいなぁと私が言うと、うん、と言ったきり押し黙った。
「もしかして、観覧車苦手だった……?」
「ん? いや、そんなことないよ」
「それならいいけど」
 もうすぐ、私たちの乗るゴンドラが頂点に到達する。橙色をしていた夕日が水平線に近づき、夕焼けがさっきより濃くなっている。
「……あの、」
「うん?」
「これを、もらってもらえませんか」
 そう言って、大事そうに鞄から取り出した小箱を、そっと私の前に差し出す。蓋を開けると、小さく煌めく宝石が埋め込まれた、指輪が収まっていた。驚いて、何も言えない。
「ゆりこさん、結婚してください」
 彼は、顔を真っ赤にしながら、じっと私の目をまっすぐに見つめる。顔が紅いのは、夕焼けのせいだけじゃないはずだ。
「……はい」
「……え?」
「よろしく、お願いします……!!」
 目の前がぼやけながら、私も彼を見つめ返した。彼がおそるおそる私の左手をとって、薬指にその指輪をはめた。ダイヤモンドはルビーのように赤々と輝く。そっと箱の蓋を閉じて、私を抱き寄せた。心臓の鼓動がドクン、ドクンと伝わってくる。熱い体に抱き締められ、涙が止まらなくなった。
 どのくらいの時間、そうしていたんだろう。気がつくと、ゴンドラは乗降場に近づいていた。指輪の入っていた箱を大事にバッグにしまって、先に降りた彼の手をとり、観覧車を降りる。いつの間にか薄暗くなっていた道を、手を繋いだまま戻りながら、遊園地を後にした。

***

 そのときの婚約指輪は、毎年結婚記念日に結婚指輪と一緒につけている。夫と出かけるときは、一周年のときにもらった百合のブローチをつけるのが恒例になっていた。その百合のブローチと婚約指輪を宝石箱から取り出して、あのときのお互いの紅い顔を思い出しながら見つめる。会いたいなぁ、あなたに。触れたいなぁ、あなたのあったかい手に。
 電話の着信音が、しーんとした部屋に響く。
「ゆりこさん、ごめん、仕事が立て込んでいてなかなか出られなくて、こっちからもかけられくて。元気?」
 ああ、聞きたかった声が、耳元で聞こえる。「……元気じゃない」
「え!? どうしたの?」
「あなたに会いたくて。あなたの温度が恋しくて。元気じゃない」
「なんだ……びっくりした」
「なんだぁって、もう!」
「本当に、体調は大丈夫……?」
「うん。望さんは?」
「元気だよ」
「それならよかった。この前疲れてたから」
「心配かけてごめんね。大丈夫。うん。明日も早いから、そろそろ切るよ」
「そうだよね。体に気をつけてね!」
「ありがとう。ゆりこさんもね!」
 通話終了ボタンを押す前に、ツーツーツーと鳴った。
 困らせたかったわけじゃないのに、甘えてしまった。でも、優しく穏やかな彼の声が聞けて、心がぽかぽかと満たされていくのを感じる。あったかいものが頬を伝うのを、10周年でもらった百合の刺繍入りのハンカチで、そっと拭った。

xuさんとゆっずうっずさんの企画に参加させていただきます。
xuさん、ゆっずうっずさんの企画に込められた思いにじーんとしました。ゆっずうっずさんの作られた告知動画の曲、ピアノの調べが美しく、静かに雪が降る中、ドラマティックな恋、愛が動きだしそうな素敵な曲だなぁと心が動きました。

そこそこの長さの小説を書くのは久しぶりで、どんな作品にするか悩みいくつか案を考えてみましたが、私が好きだと思う世界ということで、以前書いた拙作にまつわる話にしようと綴りました。

書き上げられるかな、長くならないかな、クオリティーは大丈夫だろうか、以前の作品の世界観を維持できているだろうか…と不安に思いながら書きました。以前の作品を書いたときとは、少しスタイルが変わっております。統一ルールとか、心がまえとか、いろいろ忘れていて、リハビリ状態です。でも、xuさんの記事に、「優劣をつけず、純粋に創作を楽しんでいただく企画」と書いてあり、安心して投稿いたします。「楽しんで」書くことはできました!後は、読者のみなさんに「楽しんで」いただけたらよいのですが…
他の参加者のみなさまの作品も、余裕ができたら読みに行こうと思います♪

よろしくお願いいたします!

#あなたの温度に触れていたくて

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