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花は鮮やかに消え

「千マイルブルース」収録作品

丘の上で出会った老夫婦。
頑固そうな老人は元花火師であったが……。


花は鮮やかに消え


「照明弾だけ、先に欲しいなあ」
 俺は腕時計の蓄光文字盤と上空を気にしながら、なだらかだが暗い山道を歩いていた。
 ここは昨年、野営地を探していて迷いこんだ丘陵。この頂上の小さな休憩所に辿り着き、思いがけない花束をその時に貰ったのだ。
 程なくして視界がサッと広がり、同時に爆発音がドンと響いた。澄んだ夜空に鮮やかな花が咲き、火薬の弾ける音が軽やかに続く。始まった。毎秋に行われる、T市の花火大会だ。
「おう、上がった上がったあ! 尺玉だなっ」
 ふと前を見ると、老夫婦らしい先客がいる。その頭上で、あでやかな真紅が黒地に飛沫ひまつのようにかかっていた。
「割物だな、八重芯の菊!」
 俺は、夜空の大輪から二人に目を移した。まるで子どものようにはしゃぐ老人に、にこやかな老婦人がひっそりと寄り添っている。
「おうおう、今度はポカの銀笛だあ!」
 老人が、打ち上がるごとに聞き慣れぬ言葉を添えた。花火の種類だろうか? 俺は足下の枯れ枝を踏みながら近づいた。感嘆した声が、また着流しの背中から聞こえてきた。
「きれいな音だあ。こいつは三河の衆だな」
「……花火、詳しいんですか?」
 俺が背後からそう訊くと、老人は上に向けた顔を少しだけ傾け、けれど一瞥もよこさずに俺に声を荒らげた。
「ですかだあ? オレぁ、エンカ屋だぞ!」
 その声には少しの怒気もなく、むしろ訊かれたことが嬉しいとでもいうように弾んでいた。しかし……。
 俺は、短く揃えた白髪頭に訊いた。
「エンカ屋?」
「煙火屋。花火師のことさあ」
 どうりで詳しいワケだ。

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