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人生を教えてくれた、ローソンの1番くじ。

土曜日に、『1番くじ』なるものが
ローソンで開催されていた。

1番くじというのは、
お金を払ってくじを引くと
絶対に何か当たるという
ハズレ無しのくじ引きの事らしい。

土曜日に開催された1番くじは、
鬼滅の刃のグッズが当たるというものだった。
高いか安いかはさておき、1回680円。
私たちの住んでいるエリアのローソンでは
1人5回まで引けるらしい。

先程から「らしい」と使っているのは、
私が1番くじに魅了されている張本人ではないからだ。
張本人はこの方。
そう、私の愛する旦那である。
彼は鬼滅の刃をこよなく愛し、
鬼滅の刃1番くじに
人生をブンブン振り回される男なのである。

前回ローソンで1番くじが行われたのは
まだ寒い2月の事だった。

旦那は電動自転車にいそいそと乗り、
抑えきれない期待を胸に
ローソンの自動ドアをくぐり抜けた。

しかし、結果は惨敗。

ショボいグッズしか当たらなかった訳ではなく、
そもそもくじを引く事さえ出来なかったのだ。

その日の旦那は不運過ぎた。

まず、家から少し遠い方のローソンへ向かい、
くじを引こうとするも
「うちの店舗は○時からの抽選です」と言われ、
次に家から近いローソンへ向かい
くじを引こうと列に並ぶと、
目の前のカップルでくじが終わってしまったのだ。

家に帰ってきた旦那は
怒りに満ち満ちていた。

特にカップルが
まだ旦那や家族連れが並んでいるにもかかわらず
2人でマックスの10回くじを引いた事と、
最後にくじを引いた人だけが貰える
「ラストワン賞」の禰󠄀豆子のフィギュアが
目の前でカップルの手に渡った事に、
はらわたが煮えくりかえる程怒っていた。

さらに、
もし最初から近くのローソンに行っていたら
確実にくじを引けたのに!
あのカップルより先に並んでくじを引けたのに!
ちくしょー!何してんだオレ!
と、自分の行動を
過去最高レベルで悔いていた。

私にしたら
そんなの仕方ないでしょ
残念だったね
としか言いようがない。

旦那は仕方なく、
最初に行ったローソンへ
店員さんに言われた時刻より前に着くように
微かな期待を胸に出かけていった。

帰ってきた旦那は
この世のものとは思えないほどキレまくり、
荒ぶりまくっていた。

私は
あなたってこんな怒り狂う人間だったのね、
と、旦那の新たな一面を発見し、
惚れ直すどころかちょっとビビった。

話を聞くと、
最初に行ったローソンで
いつの間にやら整理券が配られており、
整理券がない人はくじが引けないと
門前払いをくらったらしい。

整理券を配るなんて聞いてない!
もし配るなら
なんで朝行った時に教えてくれないんだ!
店舗によってやり方が違うとは一体どういう事だ!
ふざけやがって!ローソンめ!

先ほどくじが引けなかったのもあり、
旦那の怒りはどんどん加速してゆく。
一瞬でトップスピードになったが、
それでも尚、加速してゆく。
もはや止める術はない。

まぁまぁ、と言いながらも
さすがにこれはちょっと可哀想だなぁ
一部の人はラッキーだけど、
旦那のような思いをした人も絶対いたよなぁ
と普段ローソンスイーツを崇拝してやまない私も
少しモヤモヤしてしまう。

「俺、もう電話する!」

鼻息荒く旦那が叫ぶ。

確かに店舗ごとにやり方が違ったり、
勝手に整理券配ったりするのは
あんま良くないかもね。
感情的にならないで、こういう風に改善して欲しいみたいな言い方で伝えなね。

と言って、
私はクレームを入れようとする旦那を
止めはしなかった。

すでに旦那の怒りや思いは
私ごときでは解消できない域に達していた。
そして旦那はどんなにキレていたとしても
電話にたまたま出たクレーム対応の人に
怒りをありのままぶつけたり
汚い言葉で相手を不快にさせたりするタイプではない。

電話を握りしめる旦那。

近くで監視する嫁。

交わる視線。

「繋がらねぇぇぇぇぇ!!!(泣)」


理由は覚えてないけど
とにかく電話は繋がらず、
私は初めて「行き場のない思い」が
空中に漂っているのを見た。
旦那の怒りや悔しさは、
私と旦那の周りをフヨフヨ飛び回り
どこに着地したら良いのか困っていた。
可哀想だった。

それからしばらくの間の旦那は、
YouTubeの
『1番くじで当たったもの紹介動画』を見ては

「こいつらがこんなに買うから俺は引けなかった!」

1番くじで当たったグッズを
転売している人のページを見ては

「転売目的の奴はくじ引くなよ!
そのせいで引けなかった人の気持ち考えろよ!」

のオンパレード。

私は
あなたってこんな粘着質な人間だったのね、
と、旦那の新たな一面を発見し、
惚れ直すどころかめっちゃゲンナリした。

最終的に私が旦那に

おめぇしつこいんじゃ!
もう終わったんだから金輪際1番くじの話はすんな!!わかったな!!

と、寄り添いゼロの暴言を浴びせた。

浴びせたが、
それでも旦那は1番くじについての検索を続けて
己の怒りをわざわざ呼び起こしていた。
粘着質かつストイックな男である。

そんないくつもの日々を越えて
たどり着いた土曜日。

「明日ローソンで1番くじあるから、
起きれたら行ってくる。
朝7時からなんだけど」

前日の夜に突然言われ、
私は1番くじというワードに震え上がった。

え、1番くじって…
あの旦那が怒り狂ったアレ…?
不運すぎたアレ…?
こっちの対応もクソめんどくさかったアレ…?

「あー、わかったー」

平静を装うのに必死である。

しかしふと気付いた。
旦那も平静を装っていることに。

旦那は前回1番くじを引いたあの日から
ずっと怒りや悔しさや憤りを
心の奥で燃やしていた。

あの日を片時も忘れたことはないと、
旦那の小さな目の奥で
闘志がギラリと光っている。

私は恐怖におののき、
布団を頭まで被って
震えながら眠るほかなかった。

朝方、ガチャガチャ!バタン!!
と音がして、
旦那が帰ってきた音が聞こえた。

ドスドスドスドス!!!

思いを抑えきれない足音で
旦那が階段を駆け上がってくる。

どっちだ?
引けたのか?
ダメだったのか?

寝室の扉をバーン!と開けた旦那は、
マスクをしていても分かるくらいの
特上スマイルだった。

手にはホールケーキの箱のような物を持っている。

「当たった!煉獄さん!!!」

そうなのだ。
旦那は煉獄杏寿郎という
鬼滅の刃で彼が1番好きなキャラの
めっちゃデカいフィギュアを当てて帰ってきた。
大当たりである。

「まさか当たると思ってなかった!
今回はくじが引ければなんでもいいやと思って行ったら、当たっちゃったよ!」

旦那は少年のようにキラキラとした顔で
息を弾ませながら煉獄さんを眺める。

私は前回のくじの日の旦那と、
今目の前で
喜びを全細胞から垂れ流す旦那を比べて、

「嫌なことの後には、絶対良いことが待っている」

という、人生で聞き馴染みのある言葉を思い出した。

前回くじを引くことさえ許されなかった旦那は、
「欲しいグッズを当てたい!!」
ではなくて、
「くじが引ければ良い!!」
という僅かな欲のカケラだけを握りしめて
ローソンへ向かっていた。

「欲がなければ当たる」という言葉も
サラリと体現して見せた旦那。

こうなってくると
前回の嫌な思いさえも、
今となっては煉獄さんを我が家へお迎えする為の
布石のように思えてくるから不思議だ。
確かに嫌なことは、良いことが起こるためには
必要な時間なのかもしれない。

煉獄さんを当てた旦那は、
前回にも増してiPhoneにかじりついている。

YouTubeの
『1番くじで当たったもの紹介動画』を見ては

「見て!こんなに沢山くじ引いても
全然煉獄さん当たってないよ!」

1番くじで当たったグッズを
転売している人のページを見ては

「うわぁ…もうこんな高値で取引されてる!
やっぱりみんな煉獄さん欲しいよな!」

口を開けば煉獄さんのフィギュアが
いかに貴重で素晴らしく、
前回よりも格好良く精巧に作られているかを
滑らかな語り口で述べ、

ぼーっと物思いに耽っていたかと思えば、

「やっぱり煉獄さんのフィギュア最高だよな。
オレ、当たって凄いよね?
来年の子どもの日に、絶対飾ろう」

と噛み締めるように呟く。

この旦那の爆発的な喜びを
朝から晩まで断続的にずーーーーっと聞かされ、
私は土日の僅かな休日中に
1番くじノイローゼになるかと思った。

「メルカリ始めていい?」

と、旦那が突然言う。
理由を尋ねると

「だって炭治郎のフィギュアが2000円で売ってるんだもん。
買ってもいい?」

目を覚ませ!!

大馬鹿野郎!!!

(右ストレートからの左フック)

煉獄さんを手に入れた事で
あれ程までに憎んでいた転売ヤーから
フィギュアを購入しようとする旦那。

大きな不運を経て幸運を手に入れると、
人は目が眩み
己というものを見失い
欲に溺れ
一気に転落していく。
なるほど、そういう風に人は
波瀾万丈な人生を歩んでいくのか。

「旦那よ。
ミイラ取りがミイラになってどうするのだ。
あんなに憎んでいた転売ヤーから
元値より高い金額で買っては転売ヤーが儲けるだけ。
それを一番嫌がっていたのは、
旦那、おぬしであろう!!!」

ハッ!!!!

私に言われると、
旦那は漫画のようなリアクションで
我にかえった。
あと少しで1番くじで人生が狂い、
転売ヤーに魂を売る所であった。

やはり旦那の人生には
私のような賢く、聡明で、思いやりのある
煉獄さんのお母さんのようなパートナーが
必要不可欠なようだ。
道を踏み外しそうになるのなら、
いつでも右ストレートをお見舞いしてやる。


正直、
もう1番くじは御免である。

くじが引けなくても
くじに当たっても
こんなに旦那の対応が面倒臭いくじは他に無い。

しかし、
次回の1番くじは7月10日。

欲にまみれた旦那が、
幸運に味をしめた旦那が、
次はどんなドラマを起こすのか
少し楽しみな私もいる。

こうして我が家は
1番くじを作り出したバンダイさんの思惑に
ずぶずぶとハマり、
バンダイさんの手のひらで踊り狂う。

それにしても、
こんな人生の縮図のようなものを見せつけ、
色々な事を学ばせてくれる1番くじが
1回680円というのは
かなり安いというのが私の結論である。

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