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言葉の宝箱 0402【人は生きながら死のことを考える不思議な生き物】

『海路(うみじ)』藤岡陽子(光文社2011/6/25)


活字が大きくて、薄い本。さらっと1時間もあれば読み終えてしまう。
なのに、恋愛、夫婦、人間関係、終活、医療に対する思い、
看護師経験のある作家ならではの描写といろいろ詰っている。


・「話をきいてるだけでその人パス」(略)
そんなハズレ男を必要とするくらいに、寂しい暮らしがある P19

・仕事ができるというのは、決められたことをこなすというだけではなく、自分の職業に込められた意味を知り、なんのためにその職務を遂行するのか考えながらやり遂げることだとぼくは思う。
あの若い警官は、
ぼくたちが職務を終えるのを待つべきだったんじゃないかな P28

・たしかに勉強はしましたが、
本当のところ勉強はさして好きでもなかったんですよ。
ただ自分を守るためにやっていたようなもんです(略)
得体の知れない奴だって言われて、
苛められもしなかったけれど友達もなかった(略)
その頃のぼくは、
人に見くびられないことが何より重要だったんですよ P37

・引退はまだ早いというようなことをいってくれたが、
今のぼくは理不尽なことややり切れないことに対して効う力がない。
強く賢くなりたいと必死でもがくような気持ちがないんですよ P38

・我が子と孫は違う。老人にとって、孫と過ごす時間は限られている。
孫の成長のどこかで、自分は確実にいなくなる。
そうした思いが常にどこかにあるんでしょう。
だから尚、いとしい。いとしむ時間がいとおしい P43

・「先生、歳を取るのは辛いことでしょうか?」(略)
「身体の機能に関していえば、辛いことが多いですね」(略)
「でも心に関していえば二ついいところもあります、(略)
一つは、
これから先どのように生きようかという悩みが少なくなるということ。
これは単に選択肢が少なくなるからだと思いますがね。
もうひとつは大切なものが年々減ってくることによって、
大切にするものへの比重が増すということですよ」 P45

・「明日は思うほど悪い日じゃない」(略)
四十を過ぎたこの頃は、よくも悪くも感情的な気持ちは長く続かないのだ。感情的に考えても物事が良い方向に進むことなんてない。
よく言えば冷静に、悪く言えば諦めが早くなった P68

・自分はいつ、どのようにして死ぬのだろう。
いつもそんなことを考えているわけではないが、
時々はふとそんなことを思ったりする。
病院で、知らない誰かに
介護されて最期は諦めたように死んでいくんだろうな。
人は生きながら死のことを考える不思議な生き物だ。
生をないがしろにするような日々を送っている時でさえ、
死について真剣に考えたりする P108

・妻が出て行った時の顔を今でもはっきりと思い出せるのだよ。
いつになくきちんと化粧を施した感情のない白い顔。
その顔を見て、もう他人なのだと思った P119

・「老いていくのが恐ろしいんです。
昨日より今日、今日より明日、ぼくの身体の機能は少しずつ衰えていく。
そしていつかは誰の役にも立たずに誰もぼくを頼らなくなり、
人に迷惑をかけながらひたすら死ぬ時間を待つようになる(略)
自分が自分でなくなることが怖いんだよ。
誰からも相手にされないただの衰えた独りきりの老人になることが」(略)魂が抜け、無力になった体を最後まで守り抜いてくれる人がいることを、
情けないくらい、羨ましいと思っていた P120

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