誰にも気づかれないおこないをせっせと続ける。それが思いやりにつながることも。
知られていないからこそ、大切なことに気づくということ。
こんなことを、トイレ内にてトイレットペーパーが切れているのを見てフッと思いました。。。(;^_^A
いま、この世の中で当たり前のように享受していることの中に、人知れず誰かが努力していることで成り立っているものが結構あると思いませんか。
例えば、しょうもない事例なんですが、トイレ個室のトイレットペーパー補充。いつも紙切れせず普通に使えている。なぜか?
そう考えると、会社のコピー機のコピー用紙やシンクなど水回りに跳ねた水あとがないこと・・・
などなど。
用紙切れていると気づき補充。水浸しだと気づき拭き取り。
自分はやってないけど、誰かがやっているからうまくいっている。だが、上手くいっているとそのことになかなか気づけないもの。
でも、誰かがやっているのであり、自然にそうなったわけではないはず。
サービスが隅々まで行き届く社会では、そういう目に見えない人々の努力に想像力が追いつかなくなる。
人知れずやっている努力を続けるのってけっこう大変なはず。
そんな大変で大切なおこない。
自分も人に見つからぬ行いを何かやってみる。
何をやるかは絶対に人にいわない。知られないようにしなければ、知られた時点で意味がなくなる。
なぜなら、知られると利己心が湧き上がるものだ。善意の押し付けになる。
そうか!我が家がいつもきれいなのは誰かがきれいにしているから。
そんなことを想像し、妻に心から感謝したい。
さらに大袈裟に言うなら平和も然り。
世界(人間社会)は自然に平和なのではなく、自分の知らぬところで誰かが平和に尽くしているのだ。
きっと。
そんな想像力を働かせ感謝するため、自分も人知れずの行いを続けたい。
人に感謝し人を思いやる気持ち。
人知れずちょっとした行いを続けます。
ただ、今はとにかく、だれかトイレットペーパーをとってくれ…(T . T)
yoitenki4110
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