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なぜ変化への柔軟性は難しいのか

ID (イリノイ工科大学デザインスクール) 春学期の前半が終了しました。ひたすら来た球を打ち返し続ける日々はあっという間に過ぎてしまいます。この一週間は束の間の春休みなのですが、完全に消化できていない授業もあるので、復習などに充てています。
ちなみに先週金曜日に、USもコロナウィルスの非常事態宣言が発令され、事態の収束がない限り、今後の授業は全てオンラインで実施されることになりました。(音声が悪くて聞こえにくい上に、コラボワークをどうやってやるんだよという感じです。。) またイリノイ州の全飲食店は、3月中はテイクアウトのみの営業になり、US政府の徹底した初動を感じます。昨日スーパーに行きましたが、トイレットペーパー・ハンドソープ・サニタイザー・除菌おしぼりなどは、売り切れになっていました、さてどうしたものか。

ちょっと話題が変わりますが、最近私は下手な英語の悩みをあまり備忘していません。先学期は、結構悩みを書いて自分を落ち着かせていました。留学開始から7ヶ月、しかしこれは決して私の英語が上手くなったわけではなく、英語の下手さで今でもチームメイトに迷惑をかけているのも事実ですが、下手なものは仕方ないだろうと開き直るメンタルの変化だけは確実に起きています (汗) 。多少は細かい音への感度が上がっている気はしますが、はっきりしない省エネ発音を一定速以上で話されると、脳の処理が追いつかないのもまだ克服できていません。来ると言われているブレークスルーをただひたすら待ち続けています。(「慌てない、一休み。」が最近のお気に入りフレーズ。)

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さて本日ですが、ちょっと大切なことを備忘したいと思います。変化への柔軟性についてです。
日々イノベーションについて学んでいるわけですが、結局のところ、どんなに斬新で画期的なのアイデアを生み出すことができたとしても、それを実現することができなければ何も意味がなくなってしまいます。
そして、そもそもの人間が持っている特性として、環境の変化にとても弱いのです。変わることに強いストレスを感じます。

アイデアが斬新で画期的であるほど大きな変化を伴い、実現することによってもたらされるその変化と伴うストレスが挑戦者の行く手を阻むのです。例えば思い浮かべてみると、何らかのクールな理想に向けて、自分の習慣や癖を大きく変えようとしている時、そうは簡単には変えさせてくれないのではないでしょうか (他の人や自分自身さえも)。
思い通りに動かない体にムチを打ちながら、始めは意思の力で変化を試みますが、意思は体力を非常に消耗します。そして間も無くすっぽり元の鞘に収まってしまいます。これは個人だけの問題でなく、人の集合体である組織にも同様のことが言えるのです。

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そして、多くのイノベーションが実現できない理由のひとつは、この厄介なパラドックスを越えることができないことにあると私は考えています。故に、イノベーションには、斬新なアイデア作りのみならず、両輪の対となるべきアイデアをインプリメンテーション (実現) する技術こそが大事だと考えているのです。
実はUSに来るまでは、アメリカ人は日本人より変化にオープンだろうから、イノベーションを起こしやすいのだと勝手に考えていました。しかし、実はそんなことはなくて、この問題は万国共通。彼らも変化に対する恐れとストレスで、クールなアイデアを縮ませてしまうことに悩んでいるのです。

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しかし、そもそもなぜ人は変わりにくいのでしょうか。よく言われることに、脳の深い部分にある動物としての生存本能が、変化に対して過剰反応するからだという話があります。確かに実際にそうなんだろうと思いますが、さらに私はそもそも人間を含め動物には安定したシステムを作る性質が備わっているのだと理解しています。風雨のない快適空間をキープしたい・不足しない食糧をキープしたい・安定した収入をキープしたい・心の平穏をキープしたいと.. いう目的のために、自分の周りに安定した環境 = システムを無意識に作り出します。
少し前になりますが、福岡伸一さんの本にある動的平衡 (Dynamic Equilibrium)というコンセプトが、まさにこのことを表現しており、生命現象というものは安定したシステムを好み、自己形成するのです。(*ちなみにこの本は現在3作目まで出ているようです。)

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よく人は大人になると変わることが難しくなると言われますが、これは老化をしているからではなく、多くの経験を得て作り上げたシステムが安定して来るからなのです。天変地異など、外部からの大きなプレッシャーが無い限り、このロバスト(屈強) なシステムはそう容易くは変化してくれません。なぜなら、システムというものは、その目的を達成するために存在しているからです。少しでも変化を加えようものなら、当初目的達成のために自己修復を図ります。ダイエットはリバウンドします。組織は人が辞めても直ぐに他の人がポストを埋めます。新しいことに挑戦したくても気分が乗らず先延ばしになりますとかとか、、それが良くも悪くもシステムというものなのです。

そんなことを言ったら夢も希望も無いではないかということになりますが、実はこの人類共通の課題に対処するための方法論 (Strategy & Tactics) は存在しています。どうしたら変化への柔軟性は生まれるのでしょうか?

① Strategy:  Systems Thinking (システム思考)

システム思考とは、物事の関係性をインアウトの動的システムで捉え、レバレッッジポイントと呼ばれる箇所への介入によって、大きな波及効果やシステム変化を促そうとする思考方法です。(下はシステム概念図)

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"最大の変化は最小のタッチで起きる"や、"バタフライエフェクト (蝶の羽ばたきがトールネードを引き起こす)" という言葉がありますが、これはシステム思考の一例と言えると思います。 システム内のレバレッジポイントを特定し、そこに対して集中的に変化を与えていきます。イメージとしては、オセロでしょうか。レバレッジポイントを抑えると、一機に色が変わっていきます。

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ちなみに、レバレッジポイントの選択基準ですが、ここが鍵です。
(*下の表は、その方法の効果ランキング抜粋)

12位: パラメーターを少し変える (*システム自体が変化しないので効果がありません)
11位: バッファーをなくす (変化を吸収するための遊び/余裕部分を取り除く)
10位: 流れのボトルネックを取り除く (インアウトの量/構造を変える)
9位: リードタイムを短縮させる (遅延箇所を取り除く/変化の速さに影響)
8位: バランスをキープする (安定しない箇所を安定させる) 
7位: 抑制する (加速する箇所を減速させる)
6位: 情報の見える化 (今まで見えていなかった人/箇所に情報開示)
5位: ルールを変更する (ゲームルールの変更)
4位: 自律化させる (セルフオーガナイズ/エンパワーメント)
3位: システムの目的を変更
2位: 異なるシステム (パラダイム) をベンチマークする
1位: システムを俯瞰する (環境を客観視して分析できること)

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3位以上からは、ハイレベルな概念になってきます。そしてもう1位になると、達観の領域になってきますが、やはりシステム (自分のいる環境) を外部視点から俯瞰できないことには、効果的なレバレッジ戦略の立てようがありません。どっぷりと浸かっているシステムから離れて冷静に見つめるという、基本的な視点に思われました。(ちなみに共産主義国は、国民に国家システムを俯瞰されることを非常に嫌うため、情報統制を行っているという話があります。)
*詳細は、以下の本がお薦め。


② Tactics:  Prototyping (プロトタイピング) × Adaptive Leadership (アダプティブリーダーシップ)

そして戦略の実行段階では、デザインの得意とする、プロトタイピングアダプティブリーダーシップという、アプローチを取ります。
システムは、Resilience (自己復元力) が非常に強固なため、短時間で一機に変化させることはほぼ不可能です。

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システム思考の理論では、先ずプロトタイピングからスタートし、効果の見込めそうな施策オプション (①で触れたレバレッジ戦略の具現化)のテストを繰り返します。そして、既存システムに融合が可能な施策オプションに対してのみ Scaling (拡大) を図って行きます。うまく融合できれば、新しいアイデアは既存システムに影響を及ぼしながら、好ましい変化を創出します。

しかし、このプロセスは決して平坦ではなく、システムのResilience (自己復元力) = Threshold (変化が起こるための敷居値) をいかに突破するかという課題が存在します。さらにシステム思考に、Hysteresis (ヒステリシス: 履歴現象) という言葉があります。要は新たな変化を起こせたとしても、旧システムの自己修復が時間差で襲ってくるのです。(いわゆるリバウンド現象です。)
ここで、アダプティブリーダーシップという概念が登場します。システムを変化させるためには、旧システムの自己復元力を突破し、変化を定着させるための粘り強い活動が必要になって来ます。(ちなみに、学術的にリーダーシップとは、自らが率先して行う活動のことを意味します。) 

良い喩えがあるのですが、それは圧力釜の役割を担うということです。一定の圧力と熱を加えることで、美味しい料理ができます。圧力が高まり過ぎると危険なので、適度にガス抜きが必要です。熱と圧力が低いと食材が変化してくれません。この適度な不均衡状態をキープし続け、調理の完成まで漕ぎ着けられるスキルをアダプティブリーダーシップと言います。またこのAdaptive (アダプティブ) という言葉には、先ほどのプロトタイピングで施策オプションの実験を繰り返し、柔軟に完成度を高めていくというAdaptive Development (段階的な発展) のハンドリングも含まれています。感覚的に表現すると、少しずつ無理をする = 続けられるように頑張るということかもしれません。やはり "継続は力なり" なのでしょうか。

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以上整理して来ましたが、イノベーションの創出には、クリエイティブなアイデアづくりのみならず、戦略的なインプリメンテーション (具現化) の技術も両輪として必要となります。アダプティブリーダーシップという概念は、かなり以前から存在してはいるのですが、イノベーション企業など変化を好む文化でなければ、なかなか親和性が悪いようです。なぜなら、安全なシステムを創造的に壊す役割だからです。また、変化を起こす活動自体は、既存システムの評価体系とは相容れないため、その活動自体が評価されにくいという事情もあります。(アダプティブ活動の評価は、結果でななく変化量の評価を重視するべきと言われています。)
それでも近年は、イノベーション創出への需要が高まり、CDO (Chief Design Officer) などが組織の中でその役割を担うことで、アダプティブ活動の存在感は高まってきているようです。

最後に。いろいろな方と日本人の特徴について話をする時、ほとんどの人が本当は日本人はクリエイティブなんだということに同意します。一方でそのクリエイティビティの発揮が苦手という側面を持っているのは間違ってはいないのではないでしょうか。島国で均一性が高い、叱る文化だから萎縮している、災害の多い国だから慎重で保守的なんだという国民性は確かにあるにしても、やはりアイデアのインプリメンテーション (実施) に対する不器用さも大きな原因の一つなのだと思います。
インプリメンテーションの技術は日本を変え得るか? このテーマについては引き続き勉強中なので、追って気づきを備忘したいと思います。

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