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【日常系ライトノベル #13】知らない人たちからの「おめでとう」

「ネット上の情報に翻弄される現代人」というタイトルが目に入ってきた。

いま、満員電車に揺られながら会社へ向かっている。

朝起きたのは5時30分。

それからシャワーを浴びて、メールのチェックをささっと済ませると、
朝食も食べずに歩いて駅へ向かう。

家を出たのは6時30分前ですれ違う人はほぼ一緒だ。

7時30分には銀座線溜池山王駅の14番出口を出たところのドトールコーヒーでモーニングを頼んでいた。

コーヒーを飲みながらのタスクの振り返りや優先順位の見直し、
そして何よりもアイデアを出す時間には最高の90分といったところ。

純平はいつものように道路の見える窓際の端の席をとった。

窓越しに通り過ぎる車や出勤で行き交う人たちの流れを見ながらコーヒーカップを近づける。

豆の香りがほんのりと鼻から頭へ抜け、その後に温かいコーヒーがお腹あたりまでじわっと入ってくる。

とても心地よい気分だ。

たまには仕事の準備を忘れて、ぼうっ~と景色を眺めるのも悪くない、
うん、きっと悪くない…。


(10年以上も前)

デジタル化もそう、AIやIoT、SNSなど、こんな言葉を広く使うような社会ではなかった。
スマホという言葉さえもなかった。

もちろんそれに相応する機器や仕組みは稼働していたに違いないが、
一般的に言葉として知られるほどメジャーではなかった。


リアルな友達が比較的多かった純平には、
今でいうSNSツールの価値は全く見いだせないと感じている一人だった。

当時はアメリカの大学生が社内のチーム向けに開発したツールで
"Meet"という、今でいうSNSのようなものがあった。

今はLINE、Instagram、Twitter、そしてFacebookなどが代表的なSNSで、
インフルエンサーと呼ばれる人は社会的に大きな影響力を持ったり、
一部では経済的な自立も手に入れている。

このMeetというツールが面白いのは、
今では化石のような機能しかないツールだが、
その機能がシンプルゆえに当時登録した多くの人が利用している。

SNSツールの中のミニマリスト志向のユーザーを多く囲い込んでいた。

未だに新規登録が増加するほど生き根の長いSNSツールでもある。

純平もまたMeetの登録ユーザーの一人だ。
けれども登録しただけで、使っていない”非アクティブ”状態のままである。

(だったら何で登録したんだよ?)そう思われても仕方がない。

登録したときは拓哉という友人から勧められたからだ。


「純平、このMeetってのをうちらのサークルのやり取りで使ってみない?」

拓哉は続けて言う。

「メールや電話でもいいけどさ、Meetに登録した人同士でつながりが持てるらしいんだ。何でもペタ機能っていうのがあってさ…。」

拓哉は全く興味を示さない純平に向かってニコニコしながら話しかけてくる。

「おい、純平聞いてる?それでさ、これを登録するときに顔写真もつけれるんだって。俺は昨日登録終わらせたよ。夜遅くに立ち上げてみたらさ、めちゃくちゃ美人な子がペタをつけてくれてたわけよ。これって面白そうじゃない?」

「なあ、純平。まずは絶対登録しといてな。他のメンバーには俺から言っとくからさ。」

純平は全く興味もなく、だるい感覚で登録情報の画面を開く。
インターネットの速度が遅く、テキストでさえももっさりと表示される。

まずは氏名、ニックネーム、生年月日、性別と続く…。

「氏名は東田純平、ニックネームは“FUZAKE3号”、生年月日は…。」

年月日を面倒くさそうにスクロールして選択しようとするが、
パソコンのスペックも遅いせいでなかなか思ったように選べせてくれない。

「おいおい、ここは28じゃなくてさ…。あ~遅いよなあ、このパソコンは…。」

ブツブツ言いながら入力していると拓哉が戻ってくる。

「おい、純平!前期考査の情報処理論の合否が掲示板に貼りだされてるらしいぜ。今から見に行くぞ!」

拓哉はよほど合否判定が気になったのか、
せかすように純平の方を見て首をドアの入口の方へ向けた。


「あ、わかった、わかったよ。パソコンが遅くてさ…。登録ボタンを押せば完了だから。」
画面がもっさりと切り替わると”ユーザー登録が完了しました”と表示された。


「純平、お前は合格してると思うか?」

「まあ、一応勉強したからね。エンタルピーかエントロピーか未だに理解してないけど(笑)。とりあえずは自分の言葉で回答しましたって感じで、教科書の言葉を並び替えたけどね。」

「そっかあ、助教授の星野は丸写しだとすぐばれるからな。おれ、やばいかもな」

(それから10年後)


純平はある企業の広報担当をしている。

広報担当といっても3人くらいの少ないチーム編成で、メディア担当、IR担当、社内報担当の3つに分かれている。

エリカはこの3人を束ねながらメディア担当をしている。

社歴は1年くらいしか違わないけど、プレイングマネージャ的な存在で企業SNSに関しては、エリカと純平の2人で進めることになっている。

エリカはどちらかというと「美人系」でお洒落なお店をたくさん知っている。

「お洒落で美味しいお店なら、エリカ様に聞け」、社内の男性陣はみなそう言っている。

仕事も出来てお洒落で、それで「美人」。

純平がもし独身だったら、きっと仕事の同僚として見てないかもしれないくらい、異性としても意識しておかしくないほど魅惑的な女性だ。

純平にとって何よりも外見がめちゃくちゃタイプということもあった。



「純平くん、SNSの件、何時から二人で打ち合わせする?」


今は人と人が簡単につながることができるSNSのアプリややライブ配信などを行っている。
そうやってセルフブランディングを確立している人たちも増えている。

学生当時には全く興味のなかったSNSも純平にとっては仕事の1つとなっていて、いまは仕事を超えて「人への興味」を満たしてくれる最高のツールになっている。

(エリカのLINEアカウントを打ち合わせのときに聞いてみようっかな)
純平は忘れないように資料の余白に「アカウントを聞く」とメモした。

たまにSNSのやり取りの中で“事故”を起こすこともある。
ただし、それは悪意なき“事故”だ。

ネット上で繋がっているゆえの脆さであったり、リアルで表現できない「空気感」が相手に伝わらないことによる“事故”といった方が正確だ。


「あのさ、twitterもInstagramも更新したよ。twitterは日に6件ほどつぶやいている。もちろん有益な情報に絞ってるけどね。」
純平はそういうとgoogleアナリティクスの分析レポートをエリカへ手渡した。

エリカが資料の端っこをじっと見つめている。

純平は余白のメモが書かれた方の資料をエリカに渡したことに気づいた。
メモとはいえ、何だか恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。


「純平くん、あれ忘れてない?」
エリカはちょっと意地悪するよって顔で、純平の目をじっと見てる。


(何だったかな…)


「忘れてそうだから…」
そう言ってエリカは話を続ける。

「いま登録者がLINE以上に増えているっていう“Meet”のこと。
あれも活用してみてって言ったじゃない」

「あ、そうだったね」

このMeetのユーザーが増えている理由はシンプルな機能だけでなく、
見た目がかっこいい男性や綺麗な女性の登録者が多いというネットの記事が人気記事に取り上げられたことも影響しているらしい。

「まずはどんなアプリか操作に慣れる程度で始めてみたらいいんじゃない?」

「そうだよね。実は、もうずっと前に登録だけはしていてアカウントが眠ってる。だからログインさえすれば使い方くらいはすぐにでも出来るよ」


「そうなんだ。じゃあ、いま入ることができる?ちょっと見てみたいから。
それに後でやろうって思ったら横やり案件でやれなくなることもあるからね。ちょうどノートパソコン立ち上がってるじゃない」


「カチカチカチ…」

純平はログインIDとPWを打ち込む。

ずっと前に登録したとはいえ、IDとPWは自分なりの法則を持たせているのですぐに思い出せた。

さすがにパソコンのスペックが向上しているせいか、
ログイン後にたくさんの未読メッセージがタイムラインに溢れてくる。

「これって純平くん?プロフィールの写真を見てエリカはボクの方を見る」
じっと見つめる目に吸い込まれそうなほどキラキラしている。

エリカの大きく開いた瞳孔に歪んだ間抜け面の純平が映っている。

「これって学生の頃?このときの髪型って好きな感じ。フフ」
エリカはニコニコしながらプロフの画像を見ている。

その仕草は水槽に泳ぐ熱帯魚を嬉しそうに見ている女性のように可愛らしく映った。


タイムラインのメッセージに目をやると同じようなメッセージがたくさん溢れている。


「お誕生日おめでとうございます。今年も素敵な1年になるといいですね」

「お誕生日おめでとうございます。きっと素敵な1年になりますね」

「お誕生日おめでとう」

全く会ったこともなく顔も名前も知らないユーザーから「お誕生日おめでとう」のメッセージが気持ち悪いくらい入っている。



「えっ、純平くんって今日が誕生日なんだ。おめでとう。
じゃあ、一緒にランチを食べに行こっ。もちろん割り勘だけどね。フフ」


(展開が早いなあ、でも一緒にランチできるなんてワンチャンあるかも)
純平は昼間から変な下心を抱きそうになった。


「仕掛かりのタスクはあるの?」

「ないよ。この打ち合わせ前に終わらせてる」


「そうなんだ。お昼まで少し早いけど、もうランチにしちゃう??純平くん」


エリカはぐいぐいと来る。
なかなか切り出すタイミングが見つからない。



「あ、あのさ、嬉しいんだけど…」


「え、なに、怖いこと言わないようね?聞きたくないから行こっ」
エリカはそう言うと背中を両手でぐぐっと押してドアの方へ押し進めてくる。


「いあ、違うんだよ!」


「誕生日…、今日じゃないんだ。1日ずれてる」


純平はエリカにそう伝えると、「ネット上の情報に翻弄される現代人」という今朝見た見出しのタイトルをふと思い起こした。




【終わり】


ありがとうございます。気持ちだけを頂いておきます。