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元カノとロン毛

「したっけね。」

一度の電話で、テレホンカードを使い切ってしまった。

ぼくは電話ボックスにいた。

高2から付き合っている僕たちは、毎日日記を書き、月に一度東京か北海道で会う。そこで日記を交換して、またすぐに日記を付け始める。上京初日の不安がそうさせたのか、とんでもなく話したかっただけなのかわからないけど、とにかく、声が聞きたかった。何を話していたのかもう覚えてないけど、なんかすごく安心したのは覚えている。

「したっけね。」(北海道では、ばいばい。みたいな感じ)で電話は切れてしまったけど、すごくホクホクした気持ちで、僕は目の前にある銭湯に向かった。

人生には忘れられない瞬間があると言うけれど、僕にとって、この日は、生涯忘れられない瞬間の一つだろう。

今でも忘れられない。

富士山の壁画、ケロリンの風呂桶に、捻った瞬間0.1秒で脳天直撃するシャワー。「なめんなよ。これが東京だ。」と言わんばかりの圧倒的な水圧From Tokyo。

ケロリンに何度もお湯を溜め、脳天直撃シャワーを正面からモロにクラいながら、WashWash in the 銭湯。洗い終わって、Year!湯船。

湯船に入ろうと、片足をお湯に浸けた瞬間熱さMAX Ride on time。

本気の熱さ。コチトラ東京じゃ!なめんなよ。

皮膚の感覚がなくなる程の熱さに耐えながら、ゆっくりと、肩まで、お湯に、浸かって。
ゆっくりと、顔を、上げた。
ら...









おじぃちゃん。




びっっくりする距離に!おじぃちゃん!!




おじぃちゃん!距離感!!




おじぃちゃんっ!!パーソナルスペースッ!!!!




距離がすぎるよ!!おじぃちゃん!!




「んにゃんっ!東京なめんなよ!!」
と言いたそうな目に完全にロックオンされる。




しかも、3人いた。おじいちゃんスリー。




全員、スーパー至近距離




そして、熱い湯の中で、ご対面中の、おじぃちゃんとロン毛を見守るMt.Fuji。



東京初日。
お湯は熱く。
おじぃちゃんは近く。
富士山は美しく。
そして、テレホンカードはもうない。



んで、ずっと入ってたのよ。おじぃちゃん達、早く出ないかなーって。まけねーって。
彼女会いてーなーつって。これが東京かーつって。てゆうか、これお茶?お茶熱すぎね??つって。
ずっと入ってたらさ........................






のぼせたわよ。






ロン毛の意識は遠退き、身体からは力が抜け、すでに目は半開き......完全にキマっている。
おじぃちゃんの目の前で、完全に、キマっている。

おじぃちゃん達は微動だにせず、地獄の門番にしか見えない。微動谷明王。


数分後


もはやコントロール不可能。
意識は飛び、半分溺れながら、お湯にヘドバンを始めるロン毛。
ライヴ終盤のロックスターのようだ。
おじぃちゃん達はヘドバンをキメるロン毛に釘付けだ。(観客...??)
もう、キマっちゃって、こっち溺れてんのに、あっち釘付けさ.........
つらたん。

 

そして


数分後


ロン毛in the sea。
目の前のおじぃちゃんに向かって、顔から思いっきり突っ込むロン毛。「パーン!」ってさ。もうお湯パーン!て。気づいたら銭湯で素潜りさ。尼さんさ。
そのまま1回転しそうな勢い天地逆転真っ逆さま。お湯の中を妖精のように逃げまどうおじぃちゃん達。ロン毛はこのままいくと尻が顔になる。このままではおじぃちゃんの顔面にRide on timeしてしまう。ロン毛の桃尻がRide on now。奇跡は止められない。誰にも邪魔できない。
東京初日、なんとしてもそれだけは避けたい。



数秒後、地獄絵図。



チ○コ丸出しのロン毛が、おじぃちゃんスリーに運ばれてゆく。完全にライヴでダイブに失敗したロックスターだ。湯船から脱衣所まで、ゆっくりと。おじぃちゃん達は、僕の身体を脱衣所に置くと、何事もなかったかのように、湯船へ帰って行った。(スタッフ?)

すぐに番台のおばちゃん(やえちゃん)が走ってきた。やえちゃんはいつも番台でカラオケを練習している可愛いおばちゃんだ。
やえちゃんロン毛見るなり大爆笑。サッと素早く股間にタオルを掛けて、一言。


「いい男も台無しだねぇ!!!!!!」

全裸で股間にタオルを掛けられた身長180のロン毛が床でキマっている。

彼女との電話の余韻もブッ飛んだ。

やえちゃんの一言が、頭の中で鬼リピートされている......

この日ぼくは、「絶対に東京に負けない。」と誓った。

          ◆

交換日記は毎日欠かさず書いた。文字にすると、その日一日であったこと、思ったこと、これからのことを整理できる気がして書くのが面白かった。1ヶ月後にこの日記を読むことになる、1人の女の子を想いながら。

次に会うのが、楽しみでしょうがなかった。
2人共「置いて行かれる方が、ツラい。」は共通していた。ディズニーランドで喧嘩した。
空港の搭乗口で何度も振り向き手を振った。

彼女とは、その後、何年か遠距離を続けた。
最終的になぜ別れを選んだのか。
今はもう思い出せない。

あの時の銭湯も、今はもう綺麗なマンションになっているらしい。
閉店が決まった時の、やえちゃんの寂しそうな顔が忘れられない。


いつも思う。

あと何回逢えるだろう?

あと何回ここに来れるだろう?

神様は知っているのかな。

教えてくれたら、サヨナラくらい言えたのに。

人生には忘れられない瞬間がある。

1人の女の子を思い出しながら、北海道弁でお別れしましょう。こんなこと日記には書いてないと思うんだけど。


おまえに褒めてほしいのさ。

踊る理由があるとしたら

それだけだべや。

おまえに、キャーキャー言ってほしいのさ。

おまえに、スゲー!って、言ってほしいのさ。

銭湯で溺れても、笑ってほしいべや。

なまらカッコ悪りぃ自分も、笑ってほしいのさ。

それも含めて、なんまらカッコいい!!って

おまえに言ってほしいんだべや。

踊りに迷った時、なぜか、彼女とおじぃちゃんをセットで思い出してしまう。


したっけ。





鈴木陽平(Dancer/Choreographer)

国内・海外問わず数多くの舞台に出演し、現在では映像作品・CMへの出演や振付・演出・舞台制作など活動は多岐に渡る

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