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読書メモ『赤い魚の夫婦』グアダルーペ・ネッテル著

『赤い魚の夫婦』(原題:El matrimonio de los peces rojos)
グアダルーペ・ネッテル 著/宇野和美 訳
現代書館 2021年
※原著は西語。英題は Natural Historiesです。 

「動物占い」をされたことはありますか。わたしは「猿」だそうで……お調子者のイメージになんとも言えない複雑な気持ちになったことがあります。
どうも人間は他の生き物の習性や類型に、自分が見たいもの/見たくないものを投影してしまうところがあるようですね。

本書は生き物の姿に人間のさがが重ねられた短編集です。透明感のある静かな文章で紡がれた世界は、美しい水彩画を眺めているかのよう。色のにじみや重なりが、ものごとのゆらぎや影とも言えるでしょうか。

著者は1973年メキシコ生まれ。訳者の方のあとがきによると他国での暮らしも長かったとのことです。この経験が、メキシコやパリ、コペンハーゲンといった多彩な舞台設定、また国を超えて通じるような心のひだの描写に生かされているように感じます。

5つの短編では、それぞれに考えさせられるものがありました。以下、個人的なメモですが、ご参考に共有いたします(ネタバレや読み違いをお許しください)。

「赤い魚の夫婦」(闘魚ベタ)
初めての子の出産前後にかけて関係の軋んでいく夫婦。互いに”こう”としか生きられない哀しさ。

「ゴミ箱の中の戦争」(ゴキブリ)
壊れかけた家庭から堅実な親戚宅へとひとり預けられた子ども。生存競争にみる孤独と絆。

「牝猫」(飼い猫)
予期せぬ妊娠をした大学院進学志望の学生。”自分”を生きる上での決断のあり方。

「菌類」(病原菌)
ダブル不倫にはまり込んだ名声ある音楽家。わずかな隙間から自己や日常が侵食され崩壊していく様。

「北京の蛇」(毒蛇)
浮気を経て様子の変わってしまった劇作家の父親。闇もまた自身の一部であること。

単行本でありながら1cm程度の薄さでしたが、生き物たちと人間、外国と日本、他人と自分など、様々な境界が曖昧になっていく不思議さを味わいました。一定の文化圏という括弧つきではあるものの、身近な現実を掘り下げ、あらゆる存在をつなげる水脈に至っているからでしょう。それに平明な文章だからこそ、広く深く、たくさんの「わたし」たちに届くのかもしれません。著者の作品は十数カ国以上に翻訳されているのというのも納得がいきます。「こんなふうに書けたら」と憧れる小説家に、またひとり出会えました。

小説に限らず、ものごとを何かに見立てて語るということ、みなさまもnote内外でよくされているのではないでしょうか。何かに心を寄せ、自分を重ねようとする試みは「この世界にひとりぼっちではない」と思いたい気持ちからきているのかもしれませんね。そうだとすると、人間は一番さみしがりやの生き物だと言えそうです。

なお、本書は第3回リベラ・デル・ドゥエロ国際短編小説賞受賞作、邦訳は第8回日本翻訳大賞の最終選考対象作です。

原著のPDFはオンラインから無料で入手できそうですよ!(ご興味のある方は、El matrimonio de los peces rojos, pdf などと検索なさってみてくださいね)

タイトルを見ると、邦訳は原著どおりですが、英訳版は自然史(博物学)を意味するものが独自につけられているみたいですね。それぞれの地域の読み手に向けて、押し出し方が変わってくるのだなと勉強になりました。


『花びらとその他の不穏な物語』もおすすめです。人間の「モンスター性」が有するある種の美しさを味わいたい方に。こちらの作品群にもまた、大なり小なり自分自身の姿があり……「異常」が「正常」と地続きであることが感じられます。





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読書メモです。英語の勉強を兼ねて、対訳があるものを中心に楽しんでいます。よろしければ、こちらもぜひ。


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