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事あるときは幽霊の足をいただく!【長編小説】第8話 (2) キャッチボールの極意

前話までのおさらいはマガジンで読めます。


 西の空には熟した果実のような真っ赤な夕日が、まだ昼間の余韻を残す淡い青空と、それにかかる雲の輪郭を黄金色に浮かび上がらせていた。夕暮れ時のひんやりとした風が、気の置けない友達と過ごすような心地よさを感じさせる。

 ガラスの破片を掃除して、割れた窓を段ボールとガムテープで補修しながら、咀嚼そしゃくした。

 男が怨霊となって姿を現したのは、男の命を奪った崎山家の偉大なご先祖様であり、オレの守護霊様への復讐のため、崎山家を末代まで呪うためだった。

 末代、ひいてはオレの代で断絶させるつもりなのだろう。

 ついに怨霊男は念願叶って守護霊様を封印し、守護霊のいなくなったオレの命を狙っている。

 さらに彼ばかりではなく、他の怨霊までもがオレを殺そうとしているようで、守護霊様は生前どれほどの恨みを買った人物なのだろうかと不信感が生まれ始めていた。

 大虐殺の戦国武将なのか、それとも攘夷とは名ばかりの人斬りなのか。

 考えても答えは出ず、出口のない迷路に迷い込んでいるようだった。

 だが、ひとつだけ確かなことは、怨霊男は自分の恨みを晴らすためとはいえ、オレを守ってくれたことだ。

 未だに芽のでない窓辺の植木鉢の無事を確認して、オレはベットに行儀よく座っている男に言った。

「なあ、あんたさ、どうしてオレの守護霊に殺されたんだ? 殺されるくらいだからよっぽどのことをしたんだろ」

 怨霊男はオレに話しかけられるとは思っていなかったらしく、虚を突かれたように涼しげな瞳をわずかに見張った。

「そんなことどうでもいいじゃん。大人の世界はかくかくしかじか、いろいろあるんだよ。まあ、理由なんて聞かない方が真たち子孫のためだと思うけどね」

「かくかくしかじかって?」

「秘密だよ。プライバシーは守られるべきなんだ」

 サムライには似つかわしくないカタカタ用語が飛び出してくるから、虚を突かれたオレは母さん譲りのどんぐり眼を小さく見張った。

「オレは別にあんたを責めたいわけじゃねえんだ。そういうのってさ、それぞれ自分なりの正義があっての結果だから、どちらか一方だけが悪いってことはまずないだろ。むしろ、オレの守護霊に非があるかもしれない。だから、あんたの言い分とオレの守護霊の言い分を聞かせてくれないか?」

「大岡裁きをしてくれるって? そうやって、双方の話を聞くふりをして、守護霊の解放を懇願するつもりだね」

 怨霊男の勘の鋭さに完敗して、オレは両手を上げた。

「チッ。ばれちゃ仕方ねえな。オレの守護霊を封印したって言ったけどさ、どこに閉じ込めたんだよ?」

「え」

 怨霊男は床に視線を流し、応えるのをわずかに躊躇ためらう素振りを見せたあと、

「ゴミ箱の中とか?」

 質問で返してきた。

「うそくせえな」

 言葉を濁してゴミ箱レベルだ。恐らく、想像もつかない悪環境にいるに違いないと、オレは見たこともない守護霊の身を案じた。

 早く、男に成仏してもらい、守護霊を助け出さなくては。だが、方法がわからない。

「頼むからさ、成仏してくれよ」

「真の命を奪ったら、成仏できるんだけれど、協力してくれる?」

「やだね」

「じゃあ、聞くけどさ。真の守護霊が不在なのに、どうして貴方は生きているかわかってる?」

「え」

 オレは床に視線を流し、わずかに考える素振りを見せたあと、

「さっきは助けてくれてありがとうございました?」

 恩着せがましい怨霊男に対して、素直に礼を言うのもしゃくに触り、疑問符は外せなかった。

「うそっぽいなあ」

 怨霊男はあぐらに組み替えたあと、頬杖をついて愉快そうに笑った。目尻が下がり、まるで言葉のキャッチボールを楽しんでいるようだった。

 キャッチボールはある程度の広場でするものであるし、言葉のキャッチボールは怨霊とするものではない。

 なぜなら、狭い場所で野球ボールを投げ合うえば、周囲に迷惑がかかるものであるし、怨霊と言葉を交わし慣れ親しんでしまえば、危機感が蒸発し、命を奪われることになるからだ。

 双方共にコントロールには最善の注意が必要だ。


次話『第9話 (1) 崎山家の食卓』はこちらから読めます。


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