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【小説】蓮が咲く12

【十二】
 
 
 シズカの命がけの逆探知のお陰で、フレンズアプリにハッキングをし、サブリミナル映像を表示していた犯人が逮捕となった。その後進められた捜査により、医療器具へのハッキングもこの青年の犯行だと分かり、更に障害者への強い差別意識もあらわになっていった。
しかしサエは、未だに引っかかるものがあった。まだ、事件が続いているような感覚もあったのだ。
障害者撲滅を実行したと言えばヒトラーが浮かぶ。サエは平日の非番の日、図書館に足を運んでいた。
アドルフ・ヒトラー。二十世紀最大の独裁者でホロコーストを行った人物。完璧なゲルマン国家を作るため、障害者の避妊・去勢手術や殺戮も行った。第一次大戦で敗戦を経験したドイツでは、まず妬みやストレスのはけ口をユダヤ人に向けた。障害者殺戮は、ガス室などでユダヤ人が殺戮された話の陰に長年隠れており、注目され始めたのはかなり後のことである。そうしたことをしたヒトラー自身だが、実は父親については分かっていない。ヒトラーの母親はユダヤ人の大富豪の家にメイドとして雇われていたが、妊娠を機に解雇されている。そして未婚のままアドルフを育てていたのである。つまり、ユダヤ人の大量殺戮を行ったヒトラー自身がユダヤ人の子供である可能性があるのだ。
 ユダヤ人の大量殺戮を行ったヒトラーがユダヤ人の血を引く者……生命維持装置を付けなければ生きられないほどの障害を持つ人達の殺害……似たような重度の障害者が障害者達を殺した? だとしたらどうやって? アンドロイドを使う? しかし、アンドロイドは登録制。そして国内のアンドロイドは全て壊れた。では、未登録のアンドロイドがあるのか? だとしたらそれをどうやって手に入れる? 海外製を密輸入?
 その時、イヤホンで聞いていたラジオからニュースが流れてきた。
『〇〇大学で研究されていたAIリモート機能付きアンドロイドが、昨日盗まれていることが分かりました。大学では長期実験のために被験者を選定する期間中、カギのかかる倉庫に保管していたとのことでしたが――』
(もしかして!)
サエは急遽本を片付け、足早に図書館の出入り口に向かいながら仕事用のスマートフォンを取り出した。歩を止めることなく図書館の外に出ると同時に通話をかけた。
「どうした?」
最初にリョウが訊いた。仕事用の通信回線でのグループ通話だった。
「この事件、もしかしたらまだ終わっていないかもしれない!」
「どういうことだ?」
今度はギルが訊いた。
「確証はないんです。でも、もし当たってたら、もっと大きな事件が起こるかもしれない!」
「分かった。」
 ギルが答えた。
 
 
 
「待ってください!」
 看守が声を荒げた。
「大臣からの返答がまだなんですよ!」
 必死に追いかける看守をよそに、サエは刑務所の中で大股で歩を進めた。そしてインカムを装着してマイクをオンにした。周囲の囚人たちは何事かと看守とサエをまじまじと眺めた。サエは、そんな視線を全く感じていないかのように小走りで各鉄格子に目をやり、犯人を探した。
(いた)
 犯人は他の囚人たち同様、鉄格子に近付き、手で鉄格子を持って何事かと通路を見ていた。
 サエは立ち止まる前に鉄格子の中に手を伸ばし、犯人の後頭部からうなじにかけての範囲を指をめいっぱい広げて掴んだ。
 何事かと目を見開く犯人を鋭い目で見つめながら、そのまま渾身の力を込めて手に力を入れた。犯人の不思議そうな表情が驚きの顔に変わり、苦痛に恐れる眼になった。
「ぅううああああああああああああああうああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 眼球が飛び出しそうなくらい目を見開いた犯人は、サエの手首を掴んだ。それでもサエは力をさらに込めた。犯人の後頭部とうなじにサエの指がめり込んでゆく。
「おああああああううううううあああああ‼」
 あまりの光景に看守はサエの後ろで立ちすくんでいた。他の囚人たちも同様だった。
犯人の手がサエの手首を掴み、苦痛から逃れようと頭を動かすと、サエはもう片方の手で犯人の頭頂部を掴み、手前の鉄格子に押し付けた。
 
ぞ ぶ
 
とうとう、犯人のうなじの皮膚が破れ肉が削げた――と同時に、配線のようなものがむき出しになった。血と同時に、薄く色のついた程度のほぼ透明な液体も噴き出した。サエがその配線を引きちぎると小さな火花が散った。
 犯人は配線が引きちぎられると同時に眼球がぐるんと回転し、頭が紐でぶら下がったボールのように揺れた。その勢いで、身体が膝から崩れ、そのまま後ろに倒れそうになった。しかし、サエが犯人の首元を掴み直したため、身体が反転し、格子に背中と頭を打ち付けながら床に倒れた。血と透明の液体の混ざり合った液体が飛び広がった床に犯人の頭部が倒れると、低い音を出して配線から再び小さな火花が再び散った。
「やっぱり」
サエは後ろに立ち尽くした看守の方に振り向きながら、インカムの向こうで事態を聞いているであろう同僚たちに向かって言った。
「これはアンドロイドです」
犯人は、AI機能付きアンドロイドを利用し、遠隔操作で一人の人のように見せかけていた。
サエは千切った首の後ろに手を突っ込んで頭の中をまさぐった。中からコードが伸びたUSBスティックよりやや大きい個体を取り出すと、服で血や液体をふき取り、キャップを外した。
「逆探知、お願いします」
 キャップを外すと、そこには端子があった。サエはその端子をデータ通信保存機に差し込んだ。
「もう準備はできてる」
 インカムからサタケの声が聞こえた。
 
 

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