種麹は重さを単位に購入しても意味が無い

先日、一般消費者の方とお話しする機会がありました。そこで、一般消費者の方に特に理解されにくいところとして、種麹の重さの問題があると感じたので、これは解説文が必要だなということでnoteに書かせていただきます。(なお、あくまでも業界ではなく、私個人の見解と説明です。また、今日の内容は相当マニアックな内容です。)

種麹によって能力に開きがもの凄くある

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これが種麹です。

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そして、これが種麹の袋です。

注目して欲しいのは真ん中ぐらいの表記、「20g入(麦10kg用)」と書いてあります。

これは「20gで麦10kgを麹にしますよ」という意味です。

ところがですね。種麹には色んな種類があって、20gで原料5kgを麹にする種麹もあれば、20gで原料1トンを麹にする種麹もあるのです。

能力にして200倍です。

なので20gで5kgを麹にする種麹が800円、20gで1トンを麹にする種麹が80,000円で売っていたとしましょう。(値段は現実にない極端な設定にしています。架空の種麹です。)

プレゼンテーション1

「あ!同じ20g入りだから800円と80,000円、値段が2桁も違う!それなら安い方を買おう!」

と買うと、当然大失敗をします。極端な話、20g入で5kg用の種麹で原料1トンを麹にしようとしたら、1000kg÷5kg=200袋、必要です。結局800円×200袋=160,000円分も種麹を買わなくてはいけません。

そもそも、家庭やキッチンレベルで数kgの製麹に向く種麹と、食品工場で何トン単位で処理していく種麹では、商品の設計思想からして違います。それを同じ20gだからと比べても意味が無いです。

お皿を洗う能力が1時間に100枚のアルバイトのA君(時給1000円)の体重が60kg、お皿を洗う能力が1時間に150枚のアルバイトのBさん(時給1500円)の体重が60kgだったとき、体重が同じだからと言って、能力関係なく同じ時給にしますか?と言う話なのです。

醸造の方はこのあたり理解いただけるのですが、醸造の知見のない大手の食品メーカーの方から問合せを受けて、グラム当たりで単価見積り出すと「なんで、こんなに価格が違うのですか!もっと安い商品があるじゃないですか!」とクレームを受けたりもします。

私たちからしたら「**部長と、平社員の私、同じ体重なのに、何で基本給が違うんですか?」という質問に近い感覚です。

この辺、現場担当者には理屈を説明して納得いただいても、結局、総務資材課が数字だけ見た決裁で、多分原価管理システムかなんかがグラム単位の設計になってるのだと思いますが、g単価で見比べられて、単価は安いけど処理原料の量が少ない種麹に切替えたりされると「ああ、、、」となったりします。

ここまで、話を極端化すると分りやすいのですが、実際には、種麹各社によって、および各アイテムによって20g当たりで10kg用だったり、5kg用だったり、20kg用だったりと、微妙ではあるけれども無視できない差ぐらいで差別化されているため、大変分かり難くて、ご迷惑をおかけしているところでもあります。

そして、恐らく、『麹菌の能力に差がある』ということが、一般にしっかり伝わっていないため、一般の方がお書きになられた『麹造り』のサイトなどでは、「種麹*g」と書かれてしまって、種麹毎の違いに触れられていません。ここはメーカー側の広報不足もあると思います。(種麹メーカーが麹の造り方を説明するときには、当然自社商品を前提にするから、いちいち『種麹毎に違いがあります』とは書かないですしね、、、。)

また、包装単位についても、例えばコンビニのペットボトル商品のように、どのメーカーのペットボトルも500mlのような統一が図られていないため(なぜ統一が図られないかは後述します。)、20g入りだったり40g入りだったり100g入りだったりします。

分かり難くて申し訳ありません。

ただ、種麹を使う時には、必ず、その種麹の標準的な原料使用量を確認してから、種麹を使う量を決定する。というのを、一般に麹を造る皆さんにも、習慣にしていただきたいと思います。当社も、わかりやすく表示する工夫を検討していきます。

なお、一般的には、種麹が過剰になると麹が早く来すぎて熱を持ったり、必要以上に極端な麹独特の香りなど官能面への影響、種麹が足りないと麹が遅くなったり、あるいは立ち上がりが遅いことによる雑菌侵入リスクの増加、最終的には十分な力価の得られない麹になってしまう、などの影響があります。

そもそも種麹=麹菌胞子ではない

さて、ここが重要な大前提ですが、『種麹』は『麹菌胞子』ではありません。正確には『麹菌胞子だけ』ではありません。

種麹とは「麹菌の胞子」にデンプン粉を加えたものです。

では、なぜデンプンの粉を加えるのでしょうか。

デンプン粉増量キャプチャ

理由は上図の通りなのですが、200kgのお米というと、大きい風呂桶に満タンにお米を溜めたぐらいの量があるわけです。そこに、10g単位、人間の手のひらで一掴みぐらいの粉を満遍なく撒いて振りかけるって、なかなか偏り無くやるのは難しい。そこで、デンプン粉でかさ増しをして満遍なく振りかけられるようにしているのです。

また、麹菌の胞子は非常に小さくて軽く、ちょっとした空気の流れ、鼻息ぐらいで簡単に飛んでいってしまいます。そこで、麹菌の胞子より、すこし重めの粉を混ぜて吸着させることで、胞子が簡単に飛んでいってしまうことを防ぐ物理的効果もあります。

以降、このかさ増のための粉を『増量剤』と呼びます。

これも、先人が種麹の胞子を扱う中で培ってきた工夫と知恵のたまものです。八丁味噌などの豆味噌では、香煎を使う方法が伝統的に行われていました。現在では、同じ大豆である「きな粉」を使うことが多いです。

豆味噌を造るときの味噌玉に満遍なく種麹をまぶすために増量剤を使うのですが、満遍なくまぶす効果以外にも、味噌玉同士の固着を防ぐ、味噌玉の表面の水分を適正に保つということも効果として考えられています。

増量剤を加えることによる規格の調整

また、増量剤を加えることで規格の調整という意味もあります。種麹の胞子のサイズは、作るたびに毎回微妙に異なります

なるべく異ならないように作るのがメーカーの仕事ではありますが、そうはいっても、農作物で「ことしのスイカは大ぶりのモノが多い」とか「今年のミカンはイマイチ小ぶりだな」とか、そんな程度には差が出ると思ってください。

そうすると、原料200キロを麹にする種麹の量が、あるときは65g分の胞子、あるときは55g分の胞子、という風に量に変動が出てしまうのですね。そうすると、使う側にとっては毎回量が変わったら、毎回、原料に撒くための撒き方を変えなければいけない。人間の手でやるにしても、せっかく覚えたコツが使えなくなりますものね。毎回違ったら、そもそもコツを覚えられないですよね。それはレシピを作る側としても困る。

これは機械も一緒です。原料に麹菌の胞子を撒く作業は工業生産の現場では機械で噴霧していますが、こちらも、毎回機械の設定を変更しなくて良いように、同じg数で撒けることが求められます。

そこで、例えば、「***用の種麹は1袋100gで原料200キロに使えるように固定する」と決めてしまえば、その胞子の毎回の出来高が55g分になろうが65g分になろうが、100gに足らない分を増量剤でかさ増しすることで、毎回100gの種麹とすることができます。というような理由で、増量剤で規格調整をしています。

なお、当社はデンプン粉としては、胞子との相性などにより、米粉、香煎、コーンスターチ、馬鈴薯などの粉を利用します。当社では遺伝子組み換え不使用や残留農薬がないことを確認したもの、また、コーシャ商品にはコーシャ対応のデンプンを使っています。なお、これらの増量剤は製造中の濾過工程などで除去される、あるいは、そもそも炭水化物源なので製麹中に麹菌のえさとなって消化されると考えられています。

(原料表記などについては各業界毎の規則がありますので、業務的に使用される方は当社にお問い合わせいただければと思います。)

規格がたくさんある理由

さてさて、規格がたくさんある理由について説明します。

つまるところ、各業界、各メーカーによって、最適なサイズが違い、それぞれが独自に発展してきたのですよね。「当社の作業手順だと1袋50gが撒きやすい」「私たちの業界だと70gがいい。」「この機械だと60gが調子よさそうだ」というようなお客様の声を種麹メーカーが反映していき、いくつもの規格が出来ました。そして、一旦規格が出来上がると、それが長い時間かけて作業標準として定着していきます。

そして、重要なのは、「醸造メーカーはいくつもの菌株を同時に検討はしない」のです。ここでいくつもの菌株とは「清酒用の種麹と醤油用の種麹」というような「最終製品を超えた比較」という意味です。

清酒メーカーさんは清酒用の種麹が欲しい、醤油メーカーさんは醤油用の種麹が欲しい、味噌メーカーさんは味噌用の種麹が欲しいので、あくまで比較対照は同じ目的の菌株ですし、同じ目的であればそれほど能力に差がありません。ということで、なんとなく、最終商品によって、それぞれの業界ごとの標準的な規格の幅は決まってきました。

ところが、近年、麹が食材として使われたり、あるいは、自然派系のレストランなどで『麹』から造るという挑戦が行われるようになってきました。そこでは、「レンズ豆を発酵させたいのだけど、味噌用の菌と焼酎用の菌どっちが良いのか?」「こういう麹の食品造ってみたけれども、醤油の菌で造ったので、次は清酒の菌で造ってみたい」という、創意工夫溢れた取組みがされています。

実は、このような動きはここ数年のことなのです。

そう、「規格の由来が違う、最終商品の業界を超えた種麹を同一に横に並べて比較する」という考え方は、本当に、ここ5年ぐらいで急激に出た話で、醸造メーカーだけが種麹を使っていた時代にはなかったことなのです。

ところが、問い合わせいただく、醸造メーカーではない、興味を持たれた一般の方には「味噌用も清酒用も醤油用も、全部の種類の種麹を、カタログのように並べて売っていて、お客さんが「じゃ、私は信州味噌用」「私は大吟醸用」「私は白醤油用」「私は泡盛用の黒麹下さい」と買っていくのが種麹メーカー」という風に思われてるのだろうなあと思います。

実際には、例えば、醤油メーカーには醤油の種麹しか提案しない、焼酎メーカーには焼酎の種麹しか提案しないことがほとんどです。まず最終商品によって大きな枠組みがあり、その中において一社一社に合わせた細かい要望を聞いて商品設計をしていくというのが、種麹メーカーのビジネスです。

長年の商習慣と近年の新しい挑戦のギャップが、メーカーとしても課題になってきているのかなと思います。

今日の話はここまで。

最後までご覧いただきありがとうございました。 私のプロフィールについては、詳しくはこちらをご覧ください。 https://note.com/ymurai_koji/n/nc5a926632683