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かみのやま温泉の共同浴場をハシゴした話【#わたしの旅行記】

前回、旅行記として書いた記事にありがたいコメントをいただいた。

そういえば、他にも旅先での面白いエピソードがあったことを思い出し、再度筆を執ることにした。


 とある夏の暑い日、私は山形県上山市(かみのやまし)に降り立った。お城好きの私は、もちろん目的はかみのやま城である。

上山城

 しかし、かみのやまといえば温泉も有名だ。街を歩けば、あちこちに足湯があり、無数の共同浴場が立ち並んでいる。

 地方の例にもれず、かみのやまの街は広い道路と点在する建物で構成されていた。

 季節は8月。

 地方の例にもれず、かみのやまというのはただっぴろい道と、点在する建物によって構成されていた。
 つまり、歩くのである。暑いのである

 拭いても拭いても汗が滝のように流れ、服を濡らしていく。

 そこで目に入る温泉マーク。

 足湯だけでは到底我慢できなくなった私は、ふらふらと地元の共同浴場へと足を向けた。古びた横引きのガラス扉。昭和の映画でしか見たことのない、田舎の駄菓子屋のような外観である。

 タオルなどを何も持っていないが、入れるものだろうか。

 中を覗き込むと、薄暗い。しかし「タオルレンタル」の文字が見える。どうやら貸してくれるらしい。(※コロナ前の話です。現在はどうか分かりません。)

 内部は男女こそ分かれているものの、銭湯というほど広くはなく、あくまで「地元民のための浴場施設」といった佇まいだ。しかしタオルをレンタルしていることから、観光客を完全に拒否しているわけでもなさそうだ。

 そうこう考えている間にも、汗がしたたり落ちている。このままでは、怪奇汗臭女の誕生である。

 ええい! ままよ! とばかりにガララとドアを開けた。

 ザリザリと中に入るが、受付らしき場所には誰もいない。しばらく待っても誰も来ない。意を決して「すみませーん!」と声をかけると、サンダルをつっかけたおばあさんが奥から現れた。おばあさんは、奇妙なものを見るような目で私を一瞥する。

「入りたいんですけど、いいですか? タオル持ってないですけど」

 おばあさんは私を上から下まで眺め、「あぁ」とかすかに言った。
「タオルは100円だよ。券売機で買ってね」

 見ると、古びた券売機があった。入浴は150円、タオルは100円だ。他に、「洗髪券」というのがあって、髪を洗う場合は別料金になるらしい。

 なるほど。

 私はそれぞれの券を買い、出てきた券をおばあさんに渡した。代わりに白いフェイスタオルを受け取る。

 ……あれ? と私は思った。体を洗うタオルと拭くタオルで、2枚必要なのでは? というか、バスタオルがない。

「あの、タオル2枚いりませんか?」

「1枚でいいよ」
 おばあさんは虫を追い払うような手つきで言って、奥に去っていく。

 しかもセリフとして文章に起こすとスムーズだが、実際はきつい山形弁で話していたので単語ぐらいしか聞き取れていない

 私は疑問を飲み込まざるをえなかった。

 うだるような暑さの中、握りしめたタオルを見下ろす。

 やはりここは常人を寄せ付けぬ魔境。私などが来るべきではなかったのではないか。しかし、タオルはレンタルしてしまった。後には引けない。

 意を決し、靴を脱いで「脱衣所 女性」とかすれた文字のある扉へ向かう。中を見ると、数人の女性がまさに服を脱ごうとしている。手荷物は専用ロッカーに、服はカゴに入れる方式のようだ。

 私はさも常連のような顔をして脱衣カゴの前に進み、とりあえず全裸になった。タオルだけを握りしめ、さてこの後どうするべきかと思案する。

 私がまごついていると、先に服を脱いでいた壮年の女性が胡乱気に声をかけてきた。

「入るの? 入らねの?」

 重ねて言うがキツイ山形弁である。
 以下、相手が何と言っていたかはかなり主観的になる。

「あの、初めて来たのでどうすればいいのか分からなくて」
 私が前を隠しながら恥ずかしそうに言うと、女性は目を瞬いた。

「へえ。どごがら来だの?」
「東京です」
「あらまあ。ほだな遠ぐがらよぐぎだね」

 女性は笑顔を見せ、
「教えでけっず。ほら、入って」
 と促されたので、私は浴場への扉を開き、中に入った。

 もわあ、と湯気が立ち込めている。石造りの床の上、手狭な洗い場と、10人くらい入れそうな湯舟が見える。すでに数人が透明なお湯に浸かっていた。

「源泉がげ流すよ。さあ、まずは身体洗って」
 私は女性と共に、洗い場で身体を洗った。石鹸などはないので、お湯で流す感じになる。

 女性はタオルで洗っていたが、私はレンタルしてもらったフェイスタオルを濡らしてしまうと、もう上がった後に体を拭くものが無い。どうすれば良いか。

 私が戸惑っていると、女性が顔を上げた。

「どうすたの?」
「タオル1枚しか持ってなくて」

 女性はアハハと笑った。

1枚で十分よ。いいがらタオルで洗いなさい」
「はあ」

 私は仕方なく、何か大切な命綱を失うような気持ちでタオルをお湯に濡らし、ごしごしと体を洗った。

 共同浴場のプロらしき女性がそう言っているのだから、大丈夫なのだろう。そう信じるしかない。

 体を洗い終わると、いよいよ温泉に入る。私は先に女性が入ったのを見て、後に続くように足先をつけた。

「……あっっつ!!」

 ザバーッと足を引き抜く。熱すぎる。マグマのように煮立っている

「大げさねえ」

 私は信じられないようなものを見る目で女性を見た。笑顔で余裕しゃくしゃくだが、同じ人間なのだろうか。彼女の皮膚はタングステンか何かでできているに違いない。

 私は再び、今度は慎重に足先をつけたが、やっぱり熱い。皮膚がめくれてくるのではないかという懸念が浮かぶ。

 その様子を見ていた女性が、可哀そうなものを見る目で私を見て、ふうとため息をついた。

「しょうがね」

 すでに浸かっていた数人の女性と何事か話し、脇にある水道の蛇口を捻ってくれる。

 私はありがたく、水道の蛇口付近まで移動して、そこから足を入れた。ようやく、なんとか、許容量ギリギリ、入れる。

 私は肩まで温泉につかり、ホゥと吐息をついた。

「本当はこだなに埋めねんだず」

 女性が笑いながら言ってくる。陽気な人である。

「熱ぐなってぎだら出で、ああやって冷ますてがら、まだ入るどいいよ」

 女性が顎先で指示したのは、湯舟のヘリに腰かけてまったりしている女性だった。なるほど、出たり入ったりして長時間浸かるのか。

 あ、そういえば。

 私の胸に不安がよみがえった。

「でも、上がった後、タオルはどうしたらいいですか……?」
 女性は困ったように首をひねる。

「うーん。上がる人ば見でおぎな」
「分かりました」

 私が出たり入ったり忙しくしていると、女性が一人、出口の方に向かっていくのを見つけた。

 それとなく見ていると、彼女は浴室から出る前に、濡れたタオルを固く絞り、それで自分の体の水滴をぬぐっている。そしてそのまま出て行った。

「ああやって、出る前さタオルで体拭げば十分よ」
 女性がなぜか得意げに言う。

 私はカルチャーショックを受けていた。

 あれで、十分だと!?

 そんな馬鹿な。人類が風呂に入る時はバスタオルが必ず必要ではないか。もしあれが許されるなら、バスタオルの存在意義とはなんだ

 私は女性に礼を言って風呂から上がり、騙されたような気分で体の水滴を濡れたタオルでぬぐった。水滴が次々吸い取られていく。

 ……いや、なんか、大丈夫だな、これで。

 なんだか知らないが、十分水滴はぬぐえているし、髪を洗っていないので何かが垂れてくるということもない。

 そもそも我々は風呂に入る時、必ずバスタオルが必要とすり込まれているが、実は不要な代物ではないか。髪さえフェイスタオル一枚でどうにかなるなら、体は濡れたタオルで水滴を払えば十分ではないか。場所も取るし、洗濯も面倒だし、バスタオルというものは百害あって一利なしである。

 なんということだ。

 私はショックを受けたまま、フラフラと浴室から出て、服を身に着けた。

 さっぱりして大変気持ち良い。温泉に入って良かった。
 私は共同浴場を出て、近くの自販機で麦茶を買った。

 ああ、冷えた麦茶の喉越しの良さよ。

 その後、私はすっかりかみのやま温泉マスターになったつもりで、数十メートル歩くごとに見かける共同浴場をハシゴした。だって歩けば歩くほど汗は流れ落ちてくるのだから。そして、共同浴場は150円という破格で入れるのだ。

 もう、最初の共同浴場のようにまごつくことはない。地元民のような顔で温泉に浸かりまくって、夏の暑さをやり過ごした。

 このように私にとってかみのやまの思い出は、共同浴場の思い出と深く結びついている。

 ……と、ここまで平然と書いてきたが、実のところ、全裸で「温泉の入り方が分からない」と尋ねるのは私としても非常に気恥ずかしいことだった。

 でも「旅の恥はかき捨て」とも言うし、結果として地元の方々の優しさに触れ、体だけでなく心まで温まる思いができたのだ。私の恥じらいなど大したものではない。

 なお、これ以降、私は自宅にあるバスタオルを処分し、フェイスタオルしか使わなくなった。それで何一つ問題はないことを、最後に述べておく。


 なお、後日のんこ❣さんもバスタオル不要論仲間であることが明らかに……! いや、やっぱりバスタオルは無くていいですよね。ロックにいきましょう✨


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