福岡旅行でみつけた、トラブルから始まる私のハッピー【#わたしの旅行記】
「良かったら、一緒にタクシーで行きませんか?」
私は見知らぬ2人に、思い切って声を掛けた。
***
私は福岡がスキである。
関東に住んでいるが、初詣は常に太宰府天満宮。道真公ラブ。何かあったら明太子を食べる。金印フィギュアは標準装備だ。
その年も新年を迎え、初詣のため飛行機で福岡に来ていた。一人旅である。
福岡空港から太宰府へは、電車を乗り継いでいく方法と、直通バスで行く方法と二つある。電車は乗り換えが面倒なので、タイミングさえ合えば、圧倒的に楽なのはバスだ。
ただし福岡空港から太宰府への直通バスは、国際線ターミナルからしか出ていない。なので、国内線で来た場合、移動のため10分ほどバスに乗る必要がある。面倒だが、電車で行くよりはマシである。
そんな調子でなんとか国際線ターミナルに向かい、太宰府行きのバス乗り場に並んだ。
季節は1月。風の強い日で、寒さと相まって、立っているだけで耳がちぎれそうに痛む。
ああ、寒いなあ……
ブルっと震え、自分の肩を抱きしめる。
13時15分発のバスのはずなのに、13時20分になってもまだ来ない。私は背伸びして、バスが来るはずの道路を見た。十数人が同じく寒そうに並んでいるが、バスの来る気配はない。
最低だ。なんで私が乗りたいときに限って、バスが来ないんだ。
イライラし始めたところ、後ろから明るい調子の声が聞こえてきた。
「バスはまだ来ないけど、いいお天気で良かったね」
「そうだね、雲一つない、気持ちいい日だね」
チラリと見ると、40代くらいの旅行客らしい女性2人が、顔を見合わせて笑いあっている。
私は空を見上げた。確かに、カラリと晴れている。
言われるまで気づかなかったな。
とはいえ、13時45分になっても、まだバスが来ない。もう30分も遅れている。
私は、もうお金にモノを言わせてタクシーで向かうことを検討していた。知り合いも言っていた。「金で解決できることは金で解決しろ」と。
でも、と私は後ろの2人を見る。
もし後ろの2人もタクシーに乗るなら、折半してちょっと安く行けるなあ。
と思っているところに、やっとバスがきた。
だが、様子がおかしい。やってくるバスには、窓際までビッシリと人が詰め込まれているではないか。
ドアが開く。
先頭に並んだ数人が、バスに乗り込もうとステップに足を掛ける。だが、運転手が手を横に振った。
バス停前に待機していた係員が身を乗り出して運転手と話す。それから、こちらを向いて両手を振り上げ、バッテンを作った。
待合客の間に、どよめきが広がる。
なんと寒空の下、こんなに待ったのに、乗り切れないらしい。遅れの影響で、もう一つ前の停車場で、すでに満員だったのだろう。もう一本待てば、次こそ乗れるかも知れないが、次のバスはさらに30分後だ。
「次のバス、来ないんですか?」
ふと気づくと、後ろにいた女性客2人が、係員に声を掛けていた。
「待つよりも、電車で行った方が早いかも知れないです」
係員が答える。
「タクシーだと太宰府までいくらぐらいですかね?」
「さあ。1時間くらいで、1万円あれば行けると思いますが……」
1万円かあ。
まあ時間はお金に換えられないので、構わないが、少し痛い金額ではある。
私は意を決し、後ろから2人に声を掛けた。
「あの、良かったら一緒に行きませんか?」
藪から棒に声を掛けたので、ギョッとされるかと思いきや、彼女たちは昔からの知り合いのように緩い感じで肩越しに振り向き、
「そうしますか~?」
と返事をしてくれる。
私はホッとした。
2人の女性は顔を見合わせた。
「そうしようか、時間がもったいないし」
「行きましょう、行きましょう」
「そうしましょう」
最初から3人旅だったかのごとく、私たちは一緒に歩き出した。
「タクシー乗り場どこだろう?」
「あっち、あっち」
「ありましたよ!」
3人もいると行動が早い。我々は速やかにタクシー乗り場を見つけ、並んだ。運良くタクシーがすぐに来た。
2人組の女性のうち、背の高い方、白いダウンの女性が率先してタクシーの運転手さんに声を掛け、太宰府までにかかる金額を確認してくれた。
私の方を振り向き、
「5000円くらいで行けるそうですよ! どうしますか?」
と聞いてくれる。
私は、すかさず「大丈夫ですよ!」と答えた。
あまりのストレスに、5万円以内であれば金で解決する腹づもりでいたので、5000円はかなり安く済んだと言える。
3人で後ろに乗るか、私だけ助手席に乗るかの水面下の気の遣い合いがあったが、私は遠慮して助手席に乗ることにした。女性同士とはいえ知らない者とくっつくのは気まずいだろう。
タクシーが進みだすと、後ろの2人は、ホクホクした顔を見合わせた。
「バスが来なくて残念だったけど、タクシーにすぐ乗れてラッキーだったね!」
「そうだね、それにいい出会いもあったしね!」
私の方を見て微笑んでくれる。
天使かな。
私は寒さでかじかむ体とは逆に、じーんと心が温まるのを感じた。
きっとこの2人のポジティブさに私が引き寄せられて、彼女たちの旅行記の1ページとして刻まれるために出会ったのだ。
タクシーの運転手さんが結構話好きで、福岡が初めてだという2人のために、「あそこは防塁だった」とか「あそこは太宰府政庁跡」とか観光案内をしてくれる。
2人は目を輝かせた。
「弾丸で来たので、どこに行こうとか決めてないんですよ! お勧めの場所とかあったら教えてください!」
私は毎年福岡に来ているので、おおよその観光スポットは巡っている。柳川の川下りがお勧めである。寒いのではと思われるかもしれないが、冬はコタツ船になっていて、とても暖かい。途中で熱い甘酒も売ってくれる。
そう話すと、2人は「へえー! 明日行ってみようかな!」と好反応である。私もうれしい。
タクシーの運転手さんが、「そういえば」と思い出したように言った。
「この近くに、坂本八幡宮がありますよ。あの令和の」
「あ、聞いたことある! 行ってみたい!」
後ろの2人がパァっと顔を明るくする。
私はこの時よくわかっていなかったのだが、坂本八幡宮は令和ゆかりの地らしい。「令和」の由来は太宰府で催された「梅花の宴」を記した万葉集の序文【初春令月、気淑風和】で、「梅花の宴」が行われたのが坂本八幡宮付近とのことだ。
令和のことはどうでも良いが、「梅花の宴」は楽しそうである。菅原道真公は梅の花が大好きでいらっしゃる。太宰府天満宮は2月~3月頃まで梅の花が咲き誇り、それは夢のような光景に変貌する。春に福岡を訪れる方は、ぜひ行ってみてほしい。
話が逸れたが、とにかくその坂本八幡宮が近いとのことだ。
運転手さんが「降りてみます?」と申し出てくれる。後ろの2人が乗り気だったので、私も乗り気なフリをした。
降りてみると、言ってはなんだが、こじんまりとした神社だった。社務所も無い。万葉歌碑があるが、令和の歌とは関係ないもののようだった。
私は2人と共に参拝し、写真を撮るなどした。
2人は用意のいいことに、自撮り棒を持ってパシャパシャ写真を撮っている。旅に対するモチベーションが高い。
私が万葉歌碑のあたりでぼーっと突っ立っていると、背が高い方の女性が楚々と寄ってきた。
「すみません、私たちのワガママで寄ってもらっちゃって。一度来てみたくて!」
「いえ、私も見たかったので」
半分嘘だが、私はなんであれ寺社仏閣が好きなので、お参りできる神社があれば参拝するのにやぶさかでないのは本当だ。社務所が無いので御朱印がいただけないのは残念だが、坂本八幡神社に参拝でき、神様とご縁が結べたことは良かった。
アッ、でも、これ、初詣……太宰府天満宮じゃなくなっちゃったけど……
……いや、初詣は三秒ルール的な何かがあるはずだ。つまりその日だったらすべて初詣になるはずだ。
私は内心の動揺を押し隠し、微笑んだ。女性の方も微笑みを返してくれる。何かが通じ合った。
「……良かったら、3人で一緒に撮りませんか? 旅の思い出的な!」
女性が誘ってくれるので、私は「いいですよー私なんかでよければ」と軽く答える。もう1人の女性も呼び、鳥居の辺りでポーズを決め、自撮り棒で写真を撮られるという人生初の体験をした。
再びタクシーに乗り込み、揺られること十数分。太宰府駅が近づいてくる。
後ろの2人は興奮した様子で笑い合っていた。
「感動! 令和の神社に行けるなんて! バスに乗らなくて良かった!」
「ね、本当! いい出会いもあったし、最高の旅だね!」
『いい出会い』はおそらく私に気を遣って言ってくれている。
私は会話に参加した。
「私もいい記念になりました!」
うふふ、あはは。
和やかな空気がタクシーの中をあたためる。
なんと平和な空間だろう。寒空の下、バスを待っていたあの時間と比べたら天国のようだ。
やがて、名残惜しくもタクシーが太宰府駅に到着した。タクシーの運転手さんに手厚く礼を述べ、3人でお金を清算する。確か1500円くらいだったと思う。
私は太宰府駅の晴れ渡った空の下、手を振って2人と別れた。
「本当にありがとうございました~おかげで楽しかったです!」
「私もです!」
「私も!」
さて、とリュックを抱えなおし、太宰府天満宮までの参道を歩き始める。
この後ホテルでもたまたま出くわして……となったら面白かったのだが、現実にはその2人とはここで別れて、それっきりだった。でもそれならそれでいい。それが一期一会ということだ。
福岡旅行は、私にとっては毎年のことで、ルーティンに近い。
でもこの年の旅は特別で、それは、偶然彼女たちと出会って、助け合いの精神の元、短い時間を共にしたからだ。決してポジティブな始まりではない。いつまで経ってもバスが来ず、やっと来たと思ったら乗り切れなかったというトラブルに端を発している。
それでも、彼女たちの前向きな姿勢が私にも伝わり、同じようにこのトラブルをハッピーに変えることができた。こんな風に、人と人との偶然の出会いが、旅を特別なものにする。そんなことも旅の良さなんだなあと、改めて感じた一幕だった。
#わたしの旅行記 with ことりっぷさん に寄せて
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