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【#2000字のドラマ】擦り寄るほどに愛して

 幼い頃の記憶は都合良く忘れていくもの。
 いつ離乳したかとか、トイレを覚えたとか。
 私は覚えていた。
 パパとママはとても優しかった。
 幼い頃から体が弱く、よく泣いてばかりいる私をパパとママは車で病院へ連れて行ってくれた。
 病院は嫌。
 痛い注射は今でも苦手。
 帰り道、車の中でおとなしく景色を見ていると
「いい子でしたね。よく我慢できましたね」
と優しく声をかけて、頭を撫でてくれるママが大好きでした。
 家に着くと私を抱きかかえ、頭にそっとキスをして背中をさすりながら
「ほら、家に着いた。えらいぞ。」
と言いながら、玄関まで私を連れて行ってくれるパパが大好きでした。

 大きくなった今でもパパとママの愛情は変わらない。
 今もママに甘えて擦り寄ると頭を撫でてくれる。
 見上げてママの顔を見つめる。ママ大好き。
 パパは、なんだか最近しつこい。
 もう私、子供では無いのだから、昔みたいにじゃれあったりしないんだから。
 時々、触られるのも嫌で、すり寄る仕草だけでさっと私は逃げる。
 御免ね。パパも大好きだよ。

「朝ご飯だよ。」
 パパの声。
 日曜日。
 私は急いでダイニングキッチンに向かう。
 もう支度は整っていた。
「いただきます」
 パパとママは食パンをかじっている。
 私だけ豪勢な魚料理。
 私がママが食べている食パンを見つめていると
「御免ね。貴方は食べれないの。分かって。」
と悲しそうな目で話す。
 私の方こそ御免なさい。皆と同じ物を食べれなくて。

 天気の良い日曜日は大好き。
 パパと散歩が出来るから。
 暖かくなった春先は特に好き。
 これって珍しいみたい。
 大抵の年頃の女の子は、パパと一緒にいるのが嫌らしい。
 歩きながらパパは、仕事の事を話してくれるのだがさっぱり分からない。
 ママの事も話してくれる。
「内緒だけど、愛している。」って。
 ママには言いたくても言えない。

 コンビニの前まで来ると、駐車場に座り込んでたむろしている男達がいた。
 不良だ。
 彼らは大抵、私のパパやママのようなしっかりとした保護者がおらず、自立しているものの、彼らなりの縄張りがあり、日々喧嘩をしている。
 私は目を合わさないようにした。
 しかし、その中でも体が一つ大きく、先程まで外で作業していたかのような焦げ茶色の埃にまみれたような姿で、左耳に穴を開けている男子が私を見つめていた。
 その逞しい翠かかった栗色の瞳に吸い込まれそうになり、目を逸らした。
 それでも視線を感じ、私は、チラッと横目でその男子を見た。
 情炎な眼差しの奥にある煌(きら)めき。
 求めている。
 私を求めている。
 未だ経験は無く、世間知らずの私でも、持って生まれた本能で分かった。
 怖い。
 でも。でも。
「おいおい、何だ急に、走り出して。」
何も気付いていないパパは、私が走り出したのに驚いていたが、一緒に走ってくれた。

 その夜。
 眠れなかった。
 あの一瞬の感覚。
 もし、あの時パパがいなかったら、きっと。
 小さい心臓がドキドキと脈をうつ。
 泣き声のような暴走族のバイクの爆音が遠くで聞こえる。
 あの男子かも。
 昼間のコンビニの駐車場での出来事を思い返していた。
 燃え尽くす瞳は、目を閉じても離れられない。
 あの男子と一緒にいた別の男の子が私を揶揄おうとしたところを手を出して止めていたのを、私は走り去る時、振り返って遠くから見ていた。
 もう一度、会いたい。
 私は、目を閉じた。

 コンコン。窓ガラスを叩く音。
 夢。夢ではない。
 私はベッドから体を起こし、掃き出し窓のカーテンをめくった。
 彼がいた。
 彼は窓を開けてくれという仕草をしている。
 クスッ、鍵閉まっていないのに。
 私は器用に窓を開け、2階ベランダに出た。
 彼は私にゆっくり近づいてきて肩を摺り寄せて来た。
 それはパパやママと違う肉感を感じた。
 私達は、ベランダで腰を下ろし、満月を見上げた。
 ふと彼を見ると、彼も私を見つめている。
 私は目を閉じた。
 彼の熱い口が私の口に重なり、ざらざらとした舌が絡みつくのを感じた。
 そして鼻先をその芳醇な舌でペロっと舐めて笑った。
 私も笑った。
 すると彼の目が鋭くなり、私の右肩に掛けた右手で前に押し倒そうとしている。
 えっ、ここで。今。
 抑えられないものがあることは、箱入りだった私も知っている。
 私もそれを望んで、求めている。
 コンビニの駐車場で会う前から、もうこうなることは決まっていたのかもしれない。

 私は妊娠した。
 意外にもパパとママは怒らなかった。
 ただ、パパとママは誰が私の相手なのかを凄く気にしていた。
「隣のレオ君ではないか。」パパは言う。 
 私も言いたくても彼の事は言えない。

 ある日、ベランダで彼と肩を寄せ合ってるところをパパに見つかってしまった。
 彼はさっと離れ目を逸らした。
 パパは気付いた。
「お前か。うちの子を妊娠させた猫は!」

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#2000字のドラマ

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