見出し画像

人材は争奪するのではなく育てる〜雇用3.0の人材採用〜

「人材は争奪すべきものと考えるのをやめ、播いて育てる種と考えよう」
これは、『NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方』という本の中の言葉だ。

「穏やかな会社(カーム・カンパニー)」であることで得られるもの

著者のジェイソン・フリードとデイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソンは、アメリカのIT企業 Basecampの共同経営者。

アメリカのIT企業といっても、社員は30カ国以上に散らばってリモートワークをしていて、彼らのカルチャーはシリコンバレーのスタートアップ企業とは全く異なる。

同社は1999年の創業以来、外部からの資金調達を受けず、プロジェクト管理ツール「Basecamp」の利用料収入で事業を続けている。このことからも分かるように、ベンチャーキャピタルから巨額の投資を引き出して世界の覇者になろう、といった野望は持っていない。

大事にしているのは「穏やかな会社(カーム・カンパニー)」であること。

「無駄ゼロで〜」という副題から、遊びのない無味乾燥な仕事術の本を想像する人もいるかもしれない。でも、どちらかというと「仕事なんかで消耗するな。もっと人生を味わおうぜ!」というのが本書のメッセージだ。

事業の拡大や利益の最大化よりも、やりがい、自由、ストレスの少ない働き方、自分の時間、健康、楽しく生活できることの方を大事にする。それを叶えるのが、「穏やかな会社(カーム・カンパニー)」というあり方なのだ。

効率主義から「穏やかさ(カーム)」重視の時代へ

日本ではずっと労働生産性の低さが問題になっているし、働き方改革で労働時間の削減も要請され、「短時間でどれだけのタスクをこなせるか」ということがますます重視されるようになっている。

だけど脇目も振らずにフル回転で働いて、身体を壊したり、人間関係がギスギスしたり、働く時間が短くなって収入が減るだけだったりしたら、本末転倒ではないか。

今後しばらくすると、効率性ばかりを重視した働き方に虚しさを感じ、「穏やかさ(カーム)」の価値に気づく人が増えてくると思う。

難しいのは、単に動きをゆるめれば収入も減ってしまうということだ。充実した生活や健康、自由を得るには、安定した収入が要る。

Basecampの場合、ハイリスク・ハイリターンは狙わず、自分たちの信じるやり方で製品の価値を高め、ブレずにビジネスを続けることで利益を出している。次の一文に「ある意味贅沢な選択」とあるように、「穏やか(カーム)」でいられるのは手段であると同時に、彼らがビジネスで成功している結果という面もあるのだ。

 だから僕らはできるだけ長く、できるだけ小さい規模を維持することにした。新しい製品を発明し続け、責任や義務を拡大しつづけるのではなく、調子がいいときでさえも、荷をできるだけ減らして身軽でいようとした。いいときに縮小するのは、穏やか(カーム)で利益を上げている独立した会社だからこそできる、ある意味贅沢な選択だ。
(『NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方』「ビジネスに力を入れる 古きよき日」より)

「人材争奪戦」というメタファーを捨てる

今回、特に紹介したいと思ったのが「人材争奪戦」という考え方から抜け出すという提言だ。

他社の優秀な人材を引き抜いたところで、その人が自分の会社でうまくいくことなどめったにない、と著者は言う。

むしろ、「人材争奪戦」というメタファー自体を捨ててしまうほうがいい。人材は争奪すべきものと考えるのをやめ、播いて育てる種と考えよう。働く意欲に満ちた種たちは世界のあちこちですぐに手に入れることができる
(『NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方』「組織文化を育てる 人材争奪戦は無視しよう」より)

こんな考え方は、アメリカでは一般的じゃないだろう。人材を育てるというのは、どちらかというと日本的な考え方だ。

欧米と日本の(伝統的な)人材採用の違いは、雇用ジャーナリスト 海老原嗣生さんの『お祈りメール来た、日本死ね 「日本型新卒一括採用」を考える』(文春新書)に詳しい。

日本では、企業は「入った時の仕事をずっとしていられては困る。習熟を積んでどんどん上の仕事を目指してほしい」と考え、社員は「給与は上がって当たり前。役職は上がって当たり前」と考える。

日本の雇用関係が「メンバーシップ型」と呼ばれるのに対し、欧米は「ジョブ型」。決まったジョブに対して人を雇うので、長く勤めて習熟しても上にいけるわけではない。給料を上げるよう交渉したり、上のポストに応募したり、あるいは転職したりと、能動的にチャレンジしなければ待遇も仕事のレベルも上がらない傾向にある。

こういう比較をすると、日本の方が労働者に優しく見える。でも、「昇給・昇格が当たり前」はあくまで正社員の話。雇用者の37.8%(2018年時点)を占める非正規労働者は、欧米型の雇用環境におかれている。そして正社員の方も、終身雇用を前提とした雇用と育成のシステムが時代に合わなくなり、いろいろな問題が生じている。

優れている人ではなく、優れた人になりそうな人を雇う

正社員と非正規社員の格差、終身雇用を前提とした正社員雇用の矛盾
ーーこれらを解消するために人材採用を欧米型に変えようという意見がある。私も、最近まではそっちの方がいいんじゃないかと思っていた。

でも、以下の記事を書くために取材をして、だいぶ考えが変わった。

グロービス、三幸製菓、ネットプロテクションズの3社の新卒採用について採用担当の方に話を聞かせてもらったのだけれど、「人は成長するもの」という前提でその成長を見込んで採用するというのは、すごくアリだと感じたのだ。

中途採用でも同じだと思う。Basecampの社員も「優れていたからというより、将来優れた人になるだろうという理由で雇った人たち」が多いそうだ。

最初から理想のスペックを満たす人を雇うのに比べ、育てる手間はかかる。でも、この人手不足の時代だ。「人材獲得競争」に打って出て消耗するよりも、やる気のある人を雇って育てる手間をかける方が合理的かもしれない。

格差問題や終身雇用を前提としたシステムの矛盾といった問題は、正規・非正規という身分や勤続年数にかかわらず、成長に応じて仕事のレベルと待遇を上げること、最低賃金の底上げなどで解消していくべきではないかと思う。

日本型でも欧米型でもない雇用3.0

2年前、『社員の自由と会社の利益が両立する「雇用3.0」』という記事を書いた。

「雇用3.0」というのは私の造語で、日本の雇用の過去から未来への変遷を、以下のように3つのステージに整理してみたのだ。

政府の働き方改革などは「ジョブ型」を目指しているように見えるけれど、それが最善かというとそうではない。先に指摘したとおり、あらかじめ定義したジョブに人を合わせることで企業内での雇用関係が硬直的になるし、ジョブの定義を超える能力や意思を活かすことができないからだ。

メンバーシップ型かジョブ型かという二項対立を超えて、もう一歩発展した形が「新メンバーシップ型」ともいうべき「雇用3.0」だ。

詳しくは読んでもらえればと思うが、上の記事では、あらかじめ決めたジョブの内容に固執するよりも、各メンバーができることを持ち寄ってチームとしてのアウトプットを最大化するようにした方が、効率的ではないか――ということを書いた。

「人は成長するもの」ということも加味すると、雇用3.0では各メンバーの現時点での能力や意思に加え、成長という要素も加味して随時柔軟に役割を調整していくということになる。

「社員に成長を求めるが。待遇は年功序列」だと、雇用1.0になってしまう。きちんと報酬も連動させることができれば、社員と企業のWin-Winが実現するはずだ。

報酬について、Basecampは職種ごとに4段階のレベルで評価を行いそのレベルごとに給料を決めているようだ。その額は、半年ごとに市場相場を確認して、市場のトップ10%と同じ水準になるようにしているという(市場の相場が上がれば、社員の給料も上がる)。以下の記事にも書いたが、働き方、採用のあり方を変えるなら、給料制度も含めて見直す必要があるのだ。

Basecampと全く同じやり方をするのは難しいだろうけれど、規模を拡大しなくても健全に継続できる方法を模索する会社は今後は徐々に増えていくだろう。その実践がもっと共有されて、より多くの組織が「穏やかな会社(カーム・カンパニー)」を目指せるようになれば良いと思う。

この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?