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【エッセイ】人に愛される才能を持った君だから

このところリサーチに余念がない。
甥っ子2号が就職することになり、お祝いの品を探しているからだ。
今日も行きつけの美容院で聞いてみた。アシスタントの男の子は20歳で2号と歳も近い。
「うーん、スケボーがほしいっすね」
「ごめん、スケボー以外で」
スケボーを馬鹿にしてるわけじゃない。むしろめちゃくちゃカッコいいと思う。ただ甥っ子2号はとんでもなくどんくさい。小学校の運動会で大車輪のように転んだのを私は今も覚えている。

何をするのも遅かった。走れば転ぶ。ゲームをすれば負ける、もしくは取られてる。

言葉もそう。4歳を過ぎても短い言葉しか話せなかった。文字を文字と認識しづらいのだと気づいたのは、小学校に入ってからだ。

2号のお母さんは彼が2歳の時に病死した為、中学に上がるまで平日は私と母、また亡くなったお嫁さんのご両親で面倒を見ていた。
月、水、金はヤスユキ家、火、木はお嫁さんのご両親、と言った具合だ。(兄は平日仕事が遅いので土日担当)

『遅い』ことに関して私たちは気にしなかった。元気に育ってくれればそれでいい。それ以上の事は望んでなかった。当たり前と言われるかもしれないが、当たり前は当たり前ではないと義姉の死で私たちは知ってしまった。

しかし甥っ子1号がことのほか出来る子で、ある時2号は気づいてしまった。人と比べて自分が『遅い』ことに。兄がとうに受かった算盤の級を、2号はいつになっても合格する事ができなかった。

「ぼくは勉強が出来ない」
そう言って泣いた。
私たちは彼を盛り立てようと必死になった。ただ私も母も世間ずれしたところがあり、「学校なんか無理に行かなくてもいいんだよ」と言い「何でそんな事を言うの」とさらに泣かせてしまった。

この頃から2号はかつてない学習意欲を燃やすようになった。勉強の甲斐あって高校にも進学。ワールドカップの影響か、いきなりラグビー部に入り親戚一同を心配させた。

高校2年になり「パパとお兄ちゃんと同じ大学に入る」と言い出した。
けれど、いつからか言わなくなった。
それでいい。君の人生は君だけのものであって、他の誰かに寄せる必要なんてないのだから。

2号が8歳の時、図工で作った版画が素晴らしく、卒業するまで校長室に飾られていた。卒業後は家の一番いい場所に飾られ、ああ2号はこんなに見事な版画ができるのだな、と思わず泣いた。

2号にしかない才がきっとまだまだあるに違いない。何よりの才能は誰からも愛されるというところかもしれないけれど。ラグビー部でも運動神経のなさを見かねたコーチが、安全なタイミングを見つけては「よし、いまだ。行け!」とグラウンドに送り出していたらしい。

先月、卒業したら工務店に就職すると聞いた。大工になると知り、いつになく安心する自分がいた。ライターとして独立するまで長く設計の仕事に携わっていたが、大工で悪い人に会ったことがない。きっと今後、いい師や仲間に出会えることだろう。

さて、お祝いに何を贈ろうか?
「ああ、あれ嬉しかったですね!ギフトカタログ!」
おもむろにアシスタントの彼が言った。
「カタログ?」
「はい、自分で選べるって言うのがはじめての経験で。すごいそれが嬉しかったっす」
調べてみるとユナイテッドアローズのギフトカタログがいい感じだった。これならきっと喜んでくれるに違いない。

4月1日から成人年齢が18に引き下がる。ずっと子供だと思っていた2号ももう大人の仲間入りだ。
初めてのギフトカタログ、2号は何を選ぶのだろう。
何を選んでも、この先どんな選択をしても、私は彼を応援している。何があっても、ずっとー


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