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コイヌ

 わたしが無職になってから毎日通っている喫茶「カフエエ」での話。
 7時30分開店と同時に店の最奥右端のテーブル席に着き、英語の勉強を始め、2時間ほど経った辺りでトイレに立った。トイレに入ると一室しかない個室から、明らかに女性のものだと思われる声がしていた。あヤバい、と思った私は振り帰らないまま後ろに手を伸ばしてドアのバーを掴もうとしたが、私の眼前には小便器という男性が立ったまま尿を処理することの出来る装置がはっきりと見えていた。私の中の性別という一塊がわずかに震えた。
  私はその場で不安になったまま停止していたが、良く聞いてみるとその女性の声が小型のスピーカーなどから流れる少し雑な音声であることが分かった。トイレに入った誰かがスマホのスピーカー機能を使って会話をしているのだろう。わたしは安心して小便器の前に立った。わたしの放尿が終わりかけた頃、スピーカーの女性が「ねえ、どげん思うとよ、黙っとかんでなんか言いーよ」と言った。それに答えたのは生身の女性の声だった。私は自分の性器を見つめた。

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