日本語の完全韻の定義(2023年暫定版)
こんばんは。Sagishiです。
今回は、日本語の完全韻(Perfect rhyme)について、その定義をまとめる記事を書きます。2023年の暫定版になります。
1 表記法の説明
日本語の完全韻(Perfect rhyme)の説明をするまえに、日本語音声の表記法について解説をします。
まず子音等の表記は、以下の独自の表記法に従います。既存のIPA(国際音声記号)に複数の課題があるため、独自の表記法を構築しました。
また、音節主音(音節核を持つ)母音には、以下のような上付きドットマークを表記します。
逆に非音節主音(音節核のない)の母音には付与しません。
この表記法によって、語句に何個の音節主音(音節核)が存在するのかを明確にします。
また、日本語のイントネーションについて、下降の位置に`(グレイヴ・アクセント)を付与します。また、アクセント句(1つのアクセントを持つまとまり)の分解点について/(スラッシュ)を置くことがあります。
2 日本語の完全韻の考察
2-1 世界標準の説明
まず、世界の標準的な完全韻(Perfect rhyme)の説明をしますが、ざっくり言うと次のような構造を持っています。
上記から分かることとして、1つめに、ストレス言語である英語とイタリア語は、ストレス音節にてrhymeをしています。トーン言語の中国語は、声調を揃えてrhymeしています。よって、rhymeされる音節のアクセントは揃う必要がある、といえます。
2つめに分かることは、開音節であっても閉音節であっても、rhyme音節の頭子音(Onset)が異なり、音節主音母音(V)とその後続要素(Coda or Glide)は揃っている、ということです。これは非常に基本的なrhymeの定義ですね。
イタリア語は若干特殊で、単語の後ろから2番目の音節にストレスが来ることが支配的なことから、ほぼ必ず2音節(ストレス音節+非ストレス音節)の完全韻になります。
注目したいのは、非ストレス音節の要素も揃えられていることです。これは英語も同様で、二音節韻(Double rhyme)の場合は、
のように、rhyme音節に後続する非ストレス音節の要素も揃えられます。このことから3つめに分かることは、基本的に非アクセントの音節の要素も揃える必要があるといえます。
また、各言語のrhyme音節の音韻的モーラ数を数えると、次のようになっています。
つまり、最低でも音韻的に2モーラによるrhymeになっています。よって4つめに分かることとして、rhyme音節は2モーラが最低条件です。
このことから、世界の標準的な完全韻(Perfect rhyme)は、次のような定義を備えていることが分かります。
2-2 複数の音節にまたがるrhyme音節
上記の世界の完全韻の定義を参照して、日本語の完全韻の定義を考察していきます。まず「rhyme音節」を検討します。
日本語はトーン言語であり、言語的なルールに基づいて明示的なストレスが置かれることはありません。よって特質的には中国語が参考になりますが、中国語は1音節内でトーンアクセントが完結するのに対し、日本語は基本的に複数の音節でトーンアクセントが実現されます。
1音節でトーンアクセントが実現する場合もありますが、それは日本語の音節が重音節(2モーラ音節)になる場合だけです。たとえば、「缶」や「酸」など。
日本語は基本的に軽音節(1モーラ音節)が支配的な言語ですが、軽音節1つだけの場合、トーンアクセントは実現されません。例えば「蚊」や「手」などの語です。1モーラ音節の語というのは、アクセントが実現されないので、当然rhyme音節にもなり得ないと考えます。
よって、日本語における「rhyme音節」は重音節になるケースか、もしくは2つ以上の軽音節によって、実現されることになります。しかしそうなると、日本語の「rhyme音節」は、複数の音節にまたがって形成されることがよく起きるということになりますが、この特性は、少なくとも英語、イタリア語、中国語には見られないものです。
日本語と同じように、複数の音節でトーンアクセントが実現される言語としては韓国語・慶尚道方言があるようですが、まだ調査できていません。
調査不足の段階ではありますが、ここでは「日本語のrhyme音節は、複数の音節にまたがって実現する」ものとして考え、話を進めます。
2-3 2音節にまたがる日本語のrhyme音節
rhyme音節が複数の音節にまたがるとして、影響を受けそうな世界標準の完全韻の定義は、下記になりそうです。
まず、④は基本的に日本語では起きない、あるいはほぼ形骸化する定義ということになりそうです。それこそ、文末の音節に1モーラ語が来る場合しか起きないということになります。
続いて②ですが、rhyme音節が複数あるということは、頭子音はどうなるのでしょう。重音節単独の場合は特に問題にはなりません。
上記の例は、世界標準の完全韻の定義をすべて満たしています。
しかし、2つの軽音節による場合だと問題が起きてきます。例えば、「肩」という語でrhymeするとして、
のように、どちらの音節も頭子音が異なる必要があるのでしょうか。しかしこの場合だと、「②rhyme音節の頭子音は異なる」は満たしていますが、「③rhyme音節の音節主音母音とその後続要素は同じ」は満たしていません。
日本語は軽音節が支配的な言語であり、尾子音(Coda)がないケースが多く、③を満たすことがそもそもできないことが多いです。ならば、語末の軽音節のOnsetを、あたかもCodaのように取り扱うのはどうでしょうか。
③の定義の取り扱いが若干特殊にはなりますが、イタリア語の「dura/cura」のようなrhymeのスタイルに近似していると考えることもできます。
また、語末の音節を重音節にするとどうでしょうか。
軽音節+重音節のようにして、重音節を語末に配置すると、基本的に世界標準の完全韻の定義を満たすことができるようになります。
その逆に、重音節+軽音節という構成にすると、
完全に同じスタイルとはいえませんが、イタリア語の「canto/tanto」のようなDouble rhymeの構成に、ほぼ近似するようなrhymeが日本語でも可能になります。
2-4 3音節以上にまたがる日本語のrhyme音節
次に、3音節以上にまたがる日本語のrhyme音節を考えていきましょう。
2音節時の手法を踏襲して、語末音節のOnsetを同じにすると、上記の例が得られると思います。これは良いですね。では次はどうでしょうか。
語末のOnsetは揃っていませんが、語頭や語中のOnsetが揃うケースです。これは完全韻として扱うべきでしょうか。複数の音節にrhyme音節がまたがってしまう日本語ならではの課題です。
クラシックに考えるのであれば、「かたち/わだち」がPerfect rhymeで、「かたち/からし」や「かたち/わたし」はGeneral rhymeという風に扱うことになると思います。
ただ、語末以外のOnsetは揃えなくても良いかというと、実はそういうわけでもないのでは、とわたしは思っています。
このように、語頭や語中のOnsetがFamilyではない子音のペアになると、当然ですが全体の響きのレベルは下がります。「かたち/わだち」のペアより「かたち/はまち」のペアのほうが、同じ完全韻でも響きのレベルが低いということが起きます。これはよく注意したい日本語のrhymeの特性です。
3 日本語の完全韻の定義(2023年暫定版)
以上の考察・検討から、現在のわたしは日本語の完全韻について、下記のような定義をしています。
世界の標準的な完全韻の定義と異なり、特殊なところは、やはりrhyme音節を1音節以上の集合として捉えることでしょう。
rhyme音節が複数にまたがるため、②のOnsetの指定にも、語末かどうかを指定することになります。
また、③として語末軽音節の頭子音が同じである定義を新設しています。これは日本語の音節が軽音節が支配的であるがゆえに、追加される定義になります。
④については、rhyme音節が複数にまたがるため「すべての音節の」という文言を追加しました。
⑤と⑥は、補助的定義として配置しています。
3-1 ①の定義の補足的説明
①の定義に「音節分解点」という文言を付与したのは、以下のような面倒くさいパターンがあるからです。
上記の例は、同じ要素を持つようにみえる単語同士でも、音節数が異なるという事例です。つまり、
前者はrhyme関係にあるが、後者はrhyme関係にはないといえます。このような事例ないしは近似する事象が観測されるため、「音節分解点が同じ」という定義が必要になってきます。
音声による発話(ラップなど)では、フロウなどによって誤魔化しができるため、両者の違いが意識されることがない場合もあるでしょう。しかし、厳密な定義に従い、詩歌におけるペアという前提において扱えば、後者はrhyme関係にはないということは認識しておきましょう。
4 課題事項
さて、以上が日本語の完全韻の定義(2023年暫定版)となります。だいぶ良い感じになってきましたね。
とはいえ、まだ課題事項はあります。
1つに、より対照押韻論としての精度を高めていくことです。記事中にて何度も「世界の標準的な完全韻の定義」と書いてはいるものの、例えば「フランス語」や「韓国語」にはそもそもアクセントすらないわけです。しかし両言語ともrhymeの文化は根付いています。
となると、「①rhyme音節のアクセント(ストレス or トーン)は同じ」という定義は、何らかの見直しが必要になるかもしれません。
また、日本語のような複数音節にまたがるトーンアクセントを実現する言語として、韓国語慶尚道方言の調査もしなければいけません。
日本語じたいにも「句音調」を自然ストレス的なものとして扱うかなどの課題事項があります。正直、日本語、謎が多すぎます。
日本語だけを見ていても分からないことというのは、本当に多いなと思います。今後も多数の言語を比較検討することで、より高精度なrhymeの定義を考察・検討していきたいと思います。
詩を書くひと。押韻の研究とかをしてる。(@sagishi0) https://yasumi-sha.booth.pm/