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新しい音楽頒布会 Vol.4 Slipknot/The End,So Far

10月に入りました。急に冷えてきましたね。手がかじかむ感覚に冬を体が思い出します。

「 メタル’94」という小説が一部メタラー界隈でひっそりと話題に。バルト三国のひとつであるラトビアの作家、ヤーニス・ヨニェヴス(Janis Jonevs)のデビュー作にして自伝的青春小説です。94年、カートコバーンの死から始まるまじめな少年とヘヴィメタルとの出会い。もともとの発行は2013年で、日本語訳が発刊されたのが最近ですね。ヤーニスは1980年生まれで1994年に14歳。ラトビアがソ連から独立したのが1990年なので、10歳まではソ連邦民として共産圏の中で暮らし、1990年以降は一気に西欧文明が入ってきていた時期に思春期を迎えています。原題は「Jelgava '94」で、Doom (運命・審判)’94という意味。映画化もされています。

これ、ロシア語なんですよね。ロシア語で、字幕はロシア語か自動翻訳された英語。ロシア語はスパシーバ(ありがとう)ぐらいしかわからないので英語字幕を付けてみたんですが、不思議と英語に親近感を感じますね。英語の映画に英語字幕をつけても「日本語じゃないと分らん」と思うのですが、ロシア語映画だと英語を見るとホッとするという不思議。そんなわけで日本語字幕はありませんが興味のある方はどうぞ。

だいたい、伝説になるのにかかる時間が30年なんじゃないかなと思っています。昔はいろいろな対立があった。たとえば90年代まではロックとポップの対立があって、流行音楽はダサい、みたいな流れとか。80年代はハードコアパンクとメタルが仲悪いとか。だいたい30年経つと和解していくというか、案外フラットに音を聞いてみたら境界線が曖昧だったりしてクロスオーバーしていく。USのマニアックな音楽批評メディアであるピッチフォークが「90年代の名曲100」というのを出して、1位がマライアキャリーだったのでポプティミズム批判みたいなものが起きているようなんですが、これも30年経ったからなんじゃないかなぁ。

参考記事

日本でもBurrn!誌がB’zを表紙にしたり、聖飢魔Ⅱを表紙にしたりしているじゃないですか。あれも30年経ったあたりですよね。B’zはデビュー32年、聖飢魔Ⅱはデビュー36年。いろいろあったけれど、30年経ってフラットに聞いてみればハードロックだったりヘヴィメタルじゃないか、と。それに加えてストリーミングで並列に聞けるようになった影響もあると思います。ただ、90年代時点で60~70年代リバイバルは起きていたわけで(グランジムーブメントはそう、カートコバーンはチープトリックの影響を公言していた)、再発見の周期はたぶん20年~30年で、そのころには当時あったサブジャンル別の違いとかシーンの対立とか忘れられて、単純に音楽として聴くと案外近いというか、「これいいじゃん」みたいなことが起きるような気がします。そうやってクロスオーバーしていくというか。そういうフラットな感覚が当時を知っている人からすると文脈を無視したように感じるものもあるでしょう。B'zが表紙のBurrn!はもっと松本がギタリスト及びコンポーザーとして80年代メタルだけじゃなく、90年代以降の欧米のメタル/ハードロックシーンをどのように見ていて、どう咀嚼して日本のメインストリームで勝負していたのかを掘り下げると面白かったと思うんですけれどね。ヘドバンが小室哲哉のインタビューを載せたときはかなり踏み込んでいて面白かったんですけれど。

で、話をメタル’94に戻すと94年から20年たった2013年にこの本は刊行されたわけですね。ちょうど90年代の再評価がはじまる頃だったのでしょう。まだ読んでいる途中ですが、当時のラトビアの雰囲気も伝わってきて面白い小説です。そこからさらに約10年たって日本でも刊行される、世界に広がっていくというのは面白いタイミングです。今年、炎とヘドバンがこぞって1991年特集を出していましたが、世界的に90年代の再評価と再分類が進んでいるタイミングなのでしょう。ここから新しいクロスオーバーが生まれてきている気がします。VaperwaveとかCitypop再評価なんかもその流れに位置づけられるし、90年代ポップスの再評価もそうなんでしょうね。ある時代から20年後ぐらいに先鋭的なアーティストが再発掘・再定義してシーンを切り開き、そこから5~10年ぐらいかけて再普及~時代の音に同化(メインストリーム化)していく。1990年代のメタル界隈の雰囲気はこんな感じ。

特にグランジ界隈がメタルに与えた影響。

さて、今週はそんな90年代メタルの後継者、90年代後半にスタートしたバンドの中ではメタルシーンの覇者ともいえるスリップノットの新譜を取り上げます。

今週の目玉:Slipknot/The End, So Far

スリップノットは1995年結成、1996年に初のデモテープを出し、メジャーデビューは1999年の90年代後半、グランジメタル後のNuMetalシーンを代表するバンドです。Korn、Limp Bizkit、そしてNu Metalシーン最大のスターとなったリンキンパークを超えて、現在では00年代以降のUSメタルシーン最大の大物と言ってもいいでしょう。自らの名を冠したメタルフェス「Knotfes」を主宰しており、その影響力は甚大です。

前作、「We Are Not Your Kind(2019)」はデビュー20周年の作品であり、それまでのSlipknotの集大成のような作品でした。Slipknotのデビュー時の衝撃は異常なまでのパワー。それはドラム、パーカッション、DJというリズム隊の重層化によってひたすら打楽器が連打され、ボーカルが絶叫する「とにかくハイテンション」な音像だったと思います。リスナーのテンションも上がるんですよね。勝手に盛り上がるんじゃなく、こちらも一緒に盛り上げてくれる起爆剤のような音楽。「ハイテンション製造機」といった音像でした。でビューアルバムの衝撃は当時のエクストリームミュージックシーンの中でも頭一つ抜けていたと思います。

そこからだんだんメロディアスな要素を取り入れていき、歌メロも重視されるようになっていきます。かえって90年代のグランジ、オルタナティブに接近していくというか、当時の王道も取り入れていく過程。前作のリードトラックとなったUnsaintedなんかかなりメロディアスですからね。Linkin Parkの初期路線もうまく取り入れた感覚。

そこから3年のインターバルで出された本作は、前作からは趣を変えてかなりSlipknotとうバンドの音楽性を拡張する作品になっています。レビューは賛否両論に分かれ、ユーザーレビューも点数が下がる結果に。前作は軒並み好評だったのに比べて大きな変化があります。

本作からのリードトラック、The Chapeltown Ragの時点でその兆候はありました。この曲、わかりづらいんですよね。ポストパンク的というか、カオスな音像になっている。わかりやすい高揚感ではなく、計算された混沌。

今回のアルバム全体を通しての印象を一言で言えば「プログレ」です。かなり様々な音像に手を出している。ただ、どの曲も音の密度は濃い。このバンドでなければ出せない音の濃密さとテンションの高さ、緩急があります。あと、音響がめちゃくちゃいいんですよね。MetallicaのLoad/ReLoad(~St.Anger)みたいな立ち位置にあるアルバムなのかもしれません。激烈性は失っていないけれど、新たな扉を開いた、というか。まず、1曲目がなんとなく語る感じですからね。なぜかピンクフロイドを思い出しました。空間に音が漂う感じがします。この1曲目の印象が後々効いてくる。3曲目のYenもプログレ的な展開です。サビの最後でコーラスでボーカルラインを印象付けるのは様式美というかDIOやRAINBOW的だなぁとも感じたり。

最近のプログレッシブなメタルコアシーンやマスコアシーンとの連動も感じる曲展開や音作りなんですよね。その中でもしっかりわかりやすさ、キャッチーさがあるのは流石トップバンド。ヘヴィネスの表現を拡張し、スリップノットというバンドの可能な領域を開拓している印象です。前半はけっこうハイテンションに攻めますが中盤からは実験的な音像が増えてきます。このあたりが賛否両論が分かれた所以かも。音数は多く密度は高いもののテンポがミドルテンポになり、従来とはテンションのかかりかたが違います。サイケデリック、プログレッシブロック的な浮遊感のある音世界に突入します。その中で盛り上がるパートではめちゃくちゃテンションが上がる印象。

ちょっとインド的というか、打楽器の連打がタブラ的だし、メロディがサイケデリック、ストーナー的なのが8曲目のAcidic。これは面白い曲です。

歌メロなどはけっこうアシッドフォーク的でもあり、そこにテンション高いギターソロやリズム連打が組み合わさってマグマのような音のるつぼを作る。ちょっとZeal&Ardorみたいなゴスペル×エクストリームメタル味も感じたり。メタル界のさまざまな動きを取り入れつつ、きちんとスリップノットのサウンドに仕立てて見せた、というのは一時期のMetallica的な「メタルシーンを総括するバンド」たる威厳を感じます。USメタルシーン(つまり、世界最大のメタルバンド)の旗手たろうとする自負なのかもしれません。そういう覚悟を感じる作品。

あと、最後のFinaleはちょっとゴシック的ですが、それが旧共産圏、ロシアや東ドイツ的なんですよね。ラムシュテインとかにも通じる奇妙な暗さというか。この荒涼とした感じはどこから来たのだろう。

スリップノットはもともとのオリジナルメンバーが3人いましたが、うち2人が鬼籍に入ってしまいました。オリジナルベーシストのポールグレイは2010年に、オリジナルドラマーのジョーイ・ジョーディソンは2021年に。残るオリジナルメンバーはパーカッションのショーン”クラウン”クラハンだけになっています。そうした喪失感も込められたアルバムなのかもしれません。#0~#8と割り振られた9人のメンバーのうち#1~3を喪ってしまったスリップノットですが、それでも音楽性を拡張しようとするアルバムだと感じました。デビュー20年を超えた大物バンドながら、メタルの最前線に打って出た意欲作だと思います。


おススメ1:Bjork/Fossora

アイスランドの生んだ孤高の歌姫、ビョークの新作。ビョークが90年代以降の音楽シーンに与えた影響は甚大で、「ビョーク的なコードとボーカルメロディの進行」はビョーク以前、以後で大きな差があると思います。ただ、ヴェスプタイン(2001)で一つのピークを迎えてから前衛的になりすぎたというか、実験性が強くなりすぎて「すごいけど今一つのめりこめない」音楽家となりつつあったようにも感じています。ボーカルだけで構成されたメデュラ(2004)、Appとの連動とかも行って完全に現代芸術の世界に行ってしまった印象があります。クオリティが高いのはわかるのだけれど、どうもとがりすぎていて共感性を閉ざしているというか、「どういうときに聞けばいいのかわからない音楽」になっていた気も。ビョークって「ふとした時に聞くと心に入り込んでくる」のが魅力だったと思うんですよね。女性性と母性と少女のエゴと残酷さが入り混じりながらポップスとして昇華されているというか。本作はヴェスプタインの頃に戻ったような感覚があります。ヒューマンビヘイバーやハイパーバラッドのようなわかりやすい歌メロはありませんが、どこかドリーミーで時代や年齢を超越した、全存在が投げ出されたようなポップス。強い包容力のある音楽を取り戻しています。トリップミュージック。個人的に、人生のベストライブの一つがずっとフジロック2003のビョークだったんですよね。音で飛んだ。あの感覚を思いださせてくれるアルバム。


おススメ2:Snakky Puppy/Empire Central

スナーキーパピー(厭味ったらしい子犬)はUSで活動するベーシストのマイケル・リーグ率いる30人程度のジャズのビッグバンドです。本作はライブ録音された新作。めちゃくちゃエネルギーが籠った音です。生演奏だからだろうか。Ajaの頃のスティーリーダン的な緻密に計算されたジャズロックを生演奏で行って録音しまう凄さ。80年代的なフュージョン、スムーズジャズも飲み込み、ワールドミュージック的なトライバルなリズムも飲み込んで、難解さはまったくなく手に汗を握りながらもBGMで流していても阻害しないスムーズさを持っています。これはすごいアルバム。僕が音楽を気に入る基準でけっこう大きな要素が「(アルバムに込められた)熱量」なんですが、これは熱量が大きい。アイデア、演奏力(とそれを支える練習量)、聴衆に向けたエンターテイメント精神、それらがかみ合った奇跡の1枚。


おススメ3:Banco Del Mutuo Soccorso/Orlando: Le forme dell'amore

イタリアンプログレを代表するバンドの一つ、バンコことBanco Del Mutuo Soccorsoの新作。直訳すると「人民のための銀行(=共済銀行)」という不思議なバンド名。イタリアンプログレは変な名前が多いですね。バンドの顔であり、フロントマンだったフランチェスコ・ディ・ジャコモが2014年に交通事故でなくなるという悲劇にみまわれながら新たなボーカルを迎え2019年に25年ぶりの新作Transiberianaをリリース。新ボーカルのトニー・ダレッシオはイタリア版X-Factorで知名度を得たボーカリストでめちゃくちゃ歌がうまいんですが、もともと1990年代からプログレッシブメタルバンドで活動していた人なんですよね。メタルの人。その人がイタリアンプログレの大御所に抜擢されたわけです。今年52歳ながらメンバーの中では若手。バンコは今年デビュー50周年(1972年デビュー!)を迎える超ベテランですから、ボーカリストが若返って活気を取り戻したプログレバンドですね。前作から三年、新生バンコとして2作目となる本作はイタリアンプログレらしさが爆発している曲もあればクラウトロック的な反復を取り入れた曲もあり、まだまだ過去の再生産ではない現代に活動する「プログレッシブロックバンド」の面目躍如という内容。プログレファンなら歓喜できそうな作品です。INSIDEOUTから全世界リリースというのも「現代を生きる」感じがして胸熱。本作はコンセプトアルバムで”イタリア人なら誰もが一度は熱中したという古典叙事詩『狂えるオルランド(Orlando Furioso)』をモチーフにしながら、人間に不可欠なさまざまな「愛のかたち」を表現した壮大なコンセプト作品”とのこと。


以上、今週のおススメでした。それでは良いミュージックライフを。


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