マックの物語(17)完
結局マックは、二度と僕の教室の扉を開けることはなかった。
2007年、7月、8月、9月・・・
マックは過ぎて行く時間と闘っていたかもしれない。
僕の教室には、
4か月は通ったろうか・・・
気分はいつでも乱高下していたに違いない、
頑張って数ヶ月通い続けてくれたんだね。
時々、
教室のビルの下でお腹が痛くなるのを、
我慢しながら通い続けたのです。
しかし、
同時に読書はマックに勇気をあたえ、
彼を学校の読書倶楽部に入部させるまでになった。
あんときゃ、本当に嬉しかった。
そして、
坂本竜馬を読んだ後、
「人間って変われるんですね・・・」
そう言ってくれた。
調子が良くなると、
マックは鼻をパンパンに膨らませて、
横目でこちらを見ながら、
誇らしげにパソコンを操作した。
そんな姿が、
今でも懐かしく、思い出される。
それは、とても微笑ましく、
明るいほのぼのとした光景だった。
あれから、
12年の歳月がながれ、
マックは、
もう30間近のはずである。
どこで何をしているのか?
本は読んでいるのか?
元気でいるのか?
あるとき、
僕はこんな夢を見た・・・
マックが去ってから、
数年経った、夏も終わりかけたある日の午後。
教室の本の整理をしている、
「徳川家康」講談社火の鳥伝記文庫、三分の一あたりに、
栞がはさまっている。
マックだ・・・
それから、
僕は何気なく、
教室の窓から、
街を眺めていた。
ローソン、駐車場、信号機、横断歩道、
信号が青に変わった。
今にもマックがやって来そうじゃないか。
あれ・・・
あれれれれ・・・
ナナメに鞄をぶら下げたマックが、
トボトボと歩いて行くのが見えた。
真っ直ぐ前を見て、横断歩道を一直線に、
よく見ると、小脇に数冊の本を、
大事そうに抱えている。
「えぇぇぇ~っ」と奇声をあげるのが早いか、走り出すのが早いか、
僕は、「何で、教室まで上がってこねんだよ・・・」
押し殺した声で、そうつぶやきながら、
スリッパのまま一目散に階段を駆け下りた。
それは、決壊したダムから鉄砲水が溢れ出すくらいの勢いだったかもしれない。
一気に駆け下りて、
道路に飛び出してようやく足が止まる、そして、
大きな声でマックを呼んでみた・・・
しかし、なぜかマックはそこにはいなかった。
いや、マックどころか、誰もいなかった。
そして、青信号が点滅して赤に変わる。
何それ?
ま・ぼ・ろ・し・・・?
いるわけねぇかぁ?
そりゃ、そうだ。
ビルの横に備え付けられた自販機で、
缶コーヒーを買って、一口ぐぃっと飲む。
それから、大きく深呼吸をして、
ビルを見上げながら、
節をつけて口ずさんでみた。
飛び出せマック・・・
走れよマック・・・
闘えマック・・・
さよならマック・・・
ありがとうね。
本当に、ありがとうね。
そのとき、
一陣の風がクルクルビュンと吹き抜けて行った。
夕日は、沈みかけている、
遠くでヒグラシがカナカナと鳴いた。
9月も半ばだというのに、
まだまだ蒸し暑い夏の終わりの夕暮れでした。
あれが、
夢だったのか、現実だったのか、
今でもよく分からない。
(完)
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