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DX(デジタル・トランスフォーメーション)と生産性について考える(Part2)

参考:Part1の記事(問題提起が中心)

生産性の「高低」を知るのは難しい

前回、「生産性の高さ」に言及し、これがデジタル化によって変化しているかという観点でいくつかのデータを用いて、その効果を考察した。これはマクロな視点ではそう言えるかもしれないが、ミクロな視点に立ち返るとどうだろうか。

ある人にとって、自分の生産性がどの程度かを知ろうとした場合、投入時間と売上高や成果物などからその数値を出すことは出来るだろう。しかし、それが高いか低いか等の評価をしようと思うと、必ず”比較対象”が必要になる。さらに言えば、Apple to Appleで比較できる対象などは厳密に言えば存在するはずもなく、”正しい比較対象”を設定しようと思うとさらに難易度が上がるだろう。これを客観的に求めるために様々なシンクタンクやコンサルティングファームによる調査結果が与えられるが、これらはあくまで統計に過ぎず、やはり厳密には比較対象にならない。うまくその統計から抽象的かつ本質的なエッセンスを抽出し、それを比較対象として作り込む必要があるだろう。

生産性のインプットは投入時間か?

また、どうしても生産性の議論は「時間」「工数(金)」でしか算出できない。例えば、業務プロセスや業務時間に投下した時間だけでなく、その時間に影響を与えるスキルやナレッジの獲得は必ずしも会社の資本投入によってのみなされているはずもなく、そういった諸条件を無視するために比較可能な変数を持って、まずは定量化をしているに過ぎないということを忘れてはならない。

ただし、上記も極めて旧態依然とした観点で述べていると言えるのかもしれない。すなわち、人だって置き換えてしまえばいい、だからコストだという意見もあるだろう。それも会社経営という観点では一つの視点である。しかし、重要な点を見落としてはならないと考える。それは例えば、人的資本投資の国際比較によって見られるのではないだろうか。例えば下記のようなデータが統計から示されている。

能力開発費(企業内外の研修費用等を示す OFF-JT)の対GDP比を主要先進国で比較すると2010~14 年でみて米国:2.08%、フランス:1.78%、ドイツ:1.20%、英国: 1.06%に対し、わが国はわずか 0.10%にとどまる。さらに、1990 年代後半以降の傾向をみると、米国、フランスではこの比率が高まる傾向にある。しかし、わが国はこの間、能力開発費のGDP比は低下傾向をたどっている。しかも最近10年については、財務体質が改善し、手元流動性が大きく積み上がっていったにもかかわらず、人材投資が減少してきたのである。

日本総研『「人的資本経営」をどう進めるべきか』

すなわち、主要各国と比較すると、諸外国の方がインプットに対して投入している資本が多い上に、生産性が高い。生産性で比較するのはまだマシで、実はアウトプットの”量”だけに注目した場合、インプットが少ない日本のアウトプットはさらに悲惨な成果しか上げられていない可能性すらデータ上は見えてくるのである。

生産性を本質的に高めるためには

改めて議論を戻そう。すでにお気づきの方も多いと思われるが、業務プロセス分析においては陥りがちな罠として、本来は「ヒト・モノ・カネ」の多角的視点で分析する必要があるにもかかわらず、多くの場合「カネ」の視点にとらわれてしまい、これを旗印に業務改善を進める。しかし、カネだけに注目した改善はヒトやモノの視点でのインプットの質にどれだけ貢献しているかを見逃してしまう危険性を秘めている。カネの話は四則演算さえ出来れば誰にでもわかりやすいからである。
そんなに物事が単純であるのなら、複雑な問題解決は不要だろうし、今頃ものすごい生産性を実現できているはずだ。

ここからは私見である。
私個人としては、「ヒト・モノ・カネ」のドライバーのうちどれがもっとも生産性に大きく影響を及ぼすかと問われたら、「ヒト」であると即答する。
具体的には業務プロセス分析によって、新たな業務プロセスを描くことが生産性向上につながるのは事実だが、それだけではそのプロセス・価値を最大限に引き出すことができていない。どのように実現するかを考える「型」をヒトに知的な資産として埋め込むことが重要だと考えている。

生産性改善の「型」を身につけるには

これについて、今実践している仕事がある。いずれは、今の組織に対してだけでなく他でも同様の効果を生み出せるか(再現性があるか)を検証したいと考えている。あまり具体的な点について現時点で言及できないが、ポイントは「制約を取り払った創発的なアイデアだし」にあると思う。

多くの場合、真面目な人ほど今の与えられた環境の中でベストなパフォーマンスを出そうということがDNAに埋め込まれている。したがって、「もし〜が出来れば」という発想も、本人は突拍子もないアイデアや無茶なお願いだと思っていたとしても、全く常識の範囲を超えないアイデアなのである。よくGoogleなどで「10x」を目指すといった話を聞くが、言ってしまえば、せいぜい1.1x〜1.2xにしかならないようなアイデアである。
この話のポイントは2つあると考えている。1つは、1.1x〜1.2xの改善をいつでもいくらでも勝手にして良いというように環境を整えることであろう。もう1つは、本人にとっての無茶の天井を10x〜100xに高める(※)ことである。
※暴論かもしれないが、真面目な人にとっての10xでようやく本記事の冒頭に述べた生産性の高い他者の常識の範囲くらいに収まるのではないかと個人的には思う

想像力が高い人にとって造作もないことかもしれないが、想像力が足りない人に対して無茶の天井を高めるには、より高い天井を理解している人間がその天井を理解できるまで対話することしかない。そしてまたその高い天井を理解している人は、それが最高到達点ではなくさらにエクセレントな天井の高さを追い求めなければならないのである。

結論

  • 業務の生産性を高めるには、時間や工数にとらわれてはならない。ついつい業務プロセス分析において追いかけてしまいがち

  • 生産性のインプットのキードライバー=ヒト。ヒトの投入資源の質を高めるには、それを引っ張り上げる、ヒトに働きかける仕掛けや別の人材が必要

  • 生産性の数値的な高さを追い求めるよりも、それを上げることができる「型」を組織のDNAに埋め込むことこそ、最大の業務生産性改善につながる

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