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DX(デジタル・トランスフォーメーション)と生産性について考える(Part1)

今後、数回にわたって表題の件について、調査したり思案したことをアウトプットしていきたいと思っている。もし思うところがあれば、個人宛でも構わないので、忌憚なくご意見を頂戴できればと考えている。
なお、着地点は執筆開始時点では見えていないので、徒然なるままに当初の想定しない方向性の議論にもなってしまう可能性があることをご了承いただけると幸いである。思いつきで始めた企画なので、いつゴールするのかも走りきってみないとわからない。

生産性を取り巻くニュース

WSJのアメリカの生産性について触れたニュースを見て、この件について改めて考えてみたいと思った次第である。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後の新たな常態に経済が到達したことを市場は示している。そしてそれは、投資家が期待したほど高い収益を生んではいない

The Wall Street Journal

この記事に挙げられているe-コマース企業として、AmazonとShopifyが挙げられているが、なんとすでにニューノーマル到来に伴う売上増や成長はひと段落し、2022年には成長加速はなくなるだろうということで株価は低迷している。
また、同様にNetflixもニューノーマルを代表する企業ではあったが、成長が鈍化しており株価も低迷し始めている。こちらは競合との競争激化によるものも大きいという指摘も多いので、理由は異なる可能性が高い。

日本に目を移すと、ニューノーマル以前から国際的に見た時に相対的に生産性が低いことは課題として言われていたが、2021年度の日本生産性本部のリサーチ結果によれば、そのランキングは1970年以降で過去最低を記録している。

OECDデータに基づく2020年の日本の時間当たり労働生産性は49.5ドル(5,086円)で、OECD加盟38カ国中23位でした。実質ベースで前年から1.1%上昇したものの、順位は1970年以降最も低くなっています

公益財団法人 日本生産性本部

DXは収益性を高めることと効率性を高めることの両面から、生産性向上に貢献するはずの取り組みであるが、絶対的には漸進的な改善が見られるものの、相対的な生産性向上の度合いはイマイチと評価せざるをえないということであろう。

そもそもデジタル化は生産性向上に寄与するのか?

公益財団法人 国際通貨研究所の整理によれば、デジタル技術は経済成長のプラス要因になるという論調と、マイナス要因とする論調の両方があるということのようである。それらの論点の精査は改めて実施するとして、リンク先の論調に関して論点を確認してみることとする。

①「プラス要因」になるという論調

  1. 製造業や小売業等の生産性を高めると共に、将来にわたって次々に新たな財やサービスを生み出し、消費や企業の設備投資増加につながる『成長の源泉』となる可能性を秘めている

  2. 研究開発投資は生産性を高め、プラスの波及効果をもたらすことが指摘されている

  3. 因果関係は明らかでないものの、デジタル技術導入が進んでいる国の方が収益性・生産性が高い場合が多い

  4. ICTの指数関数的特徴とハイプ・サイクル~デジタル技術が目に見える効果を挙げるためのタイム・ラグ

あえて、批判的に考えてみたい。1.については、オートメーションが進むという意味では生産性向上につながり得るだろう。新たな財やサービスを生み出す可能性、設備投資増加につながる可能性についても言及しているが、これがデジタル化によって失われるものとのトレードオフを見て、それでも利益があるかを慎重に検討する必要があるだろう。DXは本質的には革新的なサービスやビジネスモデル・プロセスを生み出すことに目的があるので、その可能性に期待しているという意味で同じことを言っていると考えて良いだろう。ただし、多くの場合、製造業や小売業の生産性向上とは、人件費の低下に伴うコスト削減であって、新たな財やサービスによる生産性向上を実現できている例はどれだけあるのだろうか、と議論を呈さざるを得ない。2.については感覚的にもそうであると言えるだろう。ただし、日本の場合はデジタル投資は研究開発投資と言って良いかというと、多くの企業がそのような形で投資をおこなっているわけではなく、IT費用・開発費用としてデジタル技術への投資を行っていることが多いだろう。費用の投入の考え方そのものが違っていることにより、2.の恩恵は限定的になる可能性もあるのではないだろうか。3.については、相関関係はあるが因果関係は不明ということだろうが、「収益性・生産性の高い国でデジタル技術導入が進んでいる」という結果論的な解釈をすることもできる。データで示すことはできないが、感覚的には私の捉え方の方が実態に近いのではないかと考えている。4.については半導体のスペックアップやガートナー社があげているハイプサイクル(概念)を生産性に当てはめていることがそもそも疑問であり、論じるに値しないだろう。

② 「マイナス要因」になるという論調

ナラティブに記載されている部分もあるため、私なりに要約すると以下の4点が課題として挙げられていると認識した。

  1. ブランコ・ミラノビッチ氏(Branko Milanović)は、①新興国・開発途上国の所得上昇により「世界全体の所得格差は縮小している」一方、②「先進国内の裕福層と 中間層との格差が拡大している」ことを指摘

  2. IMFが発表したワーキングペーパーによると、先進国中スキル(≒中間層)の労働者の労働分配率減少をもたらした要因の大部分を「技術(=ICTが機械を含むあらゆるモノの価格を下げる)」と「グローバルバリューチェーンへの参加 (=ICTの発展・普及がもたらした現象)」が占めており、「労働分配率から見た格差の拡大は、ICTが大きく関係している」と結論

  3. 更に、①新型コロナ禍による新興国の成長鈍化、②先進国中間層が有するノウハウの更なるデジタル化(ICT活用)、③ネットワーク効果等による「一人勝ち」を生みやすいデジタル経済の特性を鑑みると、世界で「富の二極化」が進むことが懸念されている。 このとき、前ページの「エレファント・カーブ」の象の背中部分がなくなり、その曲線の形は象から『頭をもたげたコブラ』に変わるとの指摘がある

  4. 我が国においては、中スキルの(ルーティン)業務が機械ではなく非正規雇用に代替された可能性が指摘されている(ICTの活用度ルーティング業務の相対的な多さの関係について、OECD加盟国を対象に各国比較を行ったドイツのシンクタンクの調査より)。

エレファントカーブとは、下図のようなものである。

Source:日本経済新聞

1.と3.については、併せて考えたい。中間層が低くなりグラフの右側富裕層だけが尖った状態をコブラが「頭をもたげた」と表現している。ここでは格差を論じることが目的ではないので、1.について深く言及することは避けたいが、要は一部だけが恩恵を受けていて、それ以外の全体の底上げにはなっていないのではないかという疑問は実感とそう遠くない。2.は確かにフリーミアムエコノミーの台頭など、物の値段を下げる方向で影響を及ぼす部分はあると言えるだろう。これはグローバル化と併せて考えると、1.で触れられているアジア諸国や新興国の中間層にとっても手が届きやすい財やサービスが増えていることを意味するだろう。多くのビジネスは、成熟した市場での競争もさることながら、中国(※すでに成熟しつつあるかもしれない)や新興国などの新しいマーケットのパイをとりあうという側面が非常に強まっているし、先進国だけでなくそういった国でもユニコーン企業が急増している状況も結果として関連するトピックかもしれない。最後に、4.については特に大企業においてその傾向はあると言えるだろう。DXにおいては、よく自動化した後の時間で新たな付加価値を作ろうという号令が発信されるが、これが適切にできなかった場合には、所得の低下などの結果につながっていく可能性は高いだろう。

最後のポイントについて、私の考えを補足しておきたい。前項で、「IT費用・開発費用としてデジタル技術への投資を行っていることが多い」との述べたが、これと大いに関係があると個人的には考えている。
具体的には、IT案件として起案する際に費用対効果を試算する必要がある。費用対効果は本来的には付加価値の向上で言及されても良いだろうが、実際にはコスト、もっと言えば工数の削減による効果を試算するのが一般的であろう(実体験の範囲からでそんなことはないという声があると嬉しい)。実はこれが諸悪の根源ではないかと思うのである。つまり、「費用(工数)を減らすことで導入にかかる費用を上回るメリットを出すと言っているのに、財務的なインパクトが出せない」状況に陥ってしまうため、起案したり導入に関わる組織からすると、それに対応する効果を財務的にも作る必要が生じる。これが人を減らしたり、単価の低い人に仕事を回すなどという行動につなげるわけだ。果たしてこれで元々のITシステムの導入やDX施策の目的が達成されたと言えるのだろうか。

本記事の結論

ここまでデジタル技術やDXが生産性向上に寄与しているか否かについて、自身のやっていることを棚に上げて批判的スタンスをとった。個人的には、私が調査するサービスやテクノロジーに関する情報を集めていると、DXを推進することでベネフィットを得られる人や組織も多いだろうから、ポジティブなスタンスの記事に触れることが多い。それは本当にそうだろうか、と思ったのがこの記事を書こうとしたモチベーションである。

しかし実際問題、環境の変化(本記事の冒頭に挙げたWSJの記事でいうニューノーマル)に適応する必要がある。生存するためのデジタル化(おそらくそれはDXではない)が喫緊で必要なのは事実だと私も思っている。サスティナブルな進化を遂げるために、デジタル化/テクノロジー/DX・・・これらの功罪をしっかりと理解しておく必要があるだろう。

次回に向けた宿題/ディスカッション

最近、一顧客・消費者としてはデジタル化の恩恵を受けていることに強い実感はあるが、エンタープライズ目線でどのようなベネフィットを実際に受けているのか?というのを疑問に抱いている。今回取り扱った生産性とはマクロ経済のものであったから、もう少し足下に目線を落としていきたい。
また、ここでは触れられていない「人材」の生存戦略についても無視できないと考えている。外部環境に適応して企業や組織が生存していくためには、その中にいる人材も変容する必要があるが、テクノロジー活用やDXはここにこそインパクトを与えるのではないかと思うのである。次の記事は、そこに少しでもアプローチできるような論点で少し考えてみたいと思う。


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