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栗の季節に栗の町に訪れた話【信越北陸一人旅⑩】

「山の実」で素晴らしいランチを食べた後、車は竜王高原を下っていく。

竜王高原を上る前にも通ったのだが、高原の麓には、湯田中温泉という温泉がある。次の目的地への通り道でもあったので、僕は湯田中温泉に寄ってみることにした。

湯田中温泉は天智天皇の時代、今から約1350年ほど前に開湯したという、とても歴史ある温泉だ。温泉は湯田中、新湯田中、星川、穂波、安代と5つの地区に分かれており、一口に湯田中温泉といってもその範囲は結構広く、源泉も豊富だ。その中で今回僕は湯田中地区の「湯田中駅前温泉 楓の湯」に行って来た。この日3度目の温泉である。

駅前温泉というだけあって、その施設は本当に駅の目の前で線路を沿うように建てられた建物だった。線路沿いの駐車場に車を停め、施設の入り口までやって来た。建物は駅舎をそのまま再利用したのかな?と思うような横に長い見た目をしており、「ゆ」と書かれた入り口の暖簾と「楓の湯」と書かれた看板だけがこの建物を温泉と認識させる要素になっていた。施設の向かいには足湯スペースがあり、若いカップルが足湯に足を入れてラブラブしていた。そのラブラブをよそに、僕は施設の中に入った。

湯田中駅前温泉 楓の湯


入浴料は、なんと300円。まず値段に驚き。銭湯や公共浴場のような施設ならまだしも、この施設はそれらよりも規模が大きい施設に見える。それでこの入浴料は破格過ぎると思った。入り口の券売機で300円を支払い、入浴券を受付の方に出して中へと入った。建物自体は割と古そうな感じがしたが、そのレトロさがいわば町の温泉センター感を感じさせる良いスパイスになっている。駅前温泉ということで、休憩スペースの窓から駅のホームが見られるのは驚きだった。タイミングによってはここで発着する電車を見ることもできるだろう。

休憩スペースの窓から見た駅


温泉は天然掛け流し。駅前にあるし建物が保養センターみたいだから正直掛け流しは期待していなかったけど、しっかり掛け流しの温泉だった。とても気持ちがよかった。ゆっくりしていきたかったけど、次の予定も考えるとそこまでゆっくりしてられなかったので、30分くらいで施設を出た。施設から出ると、入る時に見た足湯ラブラブカップルが同じ位置でまだラブラブしていた。もう混浴の貸切風呂でも行ってこいよとか思った。


この後の目的地は決まっていた。それはズバリ小布施である。そう、この旅のまずまずの目標としていた小布施。正確には、小布施に行ってモンブランを食べること。これがこの旅の第一の目標だ。

湯田中温泉から小布施までは車で30分ほど。途中ちょっとだけ道路が渋滞していた。小布施の中心街にやって来ると、歩道には栗を求めている観光客がたくさん歩いており、一気に観光地感を感じた。運転しながら駐車場を探しつつ町を見回してみると、行列ができているお店も結構見かけた。当たり前かもしれないが、みんなこの季節に小布施の栗を求めてやって来るのだ。でも小布施の栗の人気に感心している場合ではなかった。この小布施の混雑の影響でか、空いている駐車場が全然見当たらない。駐車場自体はたまに見かけるのだが、「満」と書かれており停めることができない。そして僕と同様に駐車場難民になっている車も多いようで、小布施の町は渋滞が起こっていた。立ち往生する車たちをよそに、歩道を歩く人はどんどん増えていくし、行列ができているお店の列はどんどん長くなっていった。

車内で焦りを感じ始める自分。この小布施の盛り上がりようでは、僕が求めているモンブランはひょっとしたら売り切れているのではないかと思い始めた。家にいる時にインスタで見かけたあのモンブラン。こう書くと自分が映えを求めているヤツに見えて恥ずかしいが、ともかくあの時見たモンブランが食べられないかもしれないという焦燥感が車内に充満していた。

5分くらいすると渋滞は抜けられたが、小布施のメイン通りであろう道路の駐車場がまったく空いていない。駐車場を見つけられず走り続けた結果気づけばもう栗のお店なんて見えない場所まで来ていた。これはまずいと思い、途中曲がれそうな交差点があったので左折した。すると、1台だけ空いているコインパーキングを発見。小布施の中心街からは若干離れているが、もう停められる場所に車を停めるしかない。急いで車を停めて降りた。同じ駐車場で別の車から出て来た若いカップルが前を歩いている。焦燥感が身体中に充満していた僕は、このカップルに自分のモンブランを食べられてしまうかもしれない、と思い、ダッシュでそのカップルを抜かしてお店の方まで走った。小布施でこんなに走っているのはたぶん僕だけだった。息を切らして駆け抜けた道を、振り返りはしなかった。


僕は小布施のメイン通りの中でとりあえず一番並んでいるお店にやって来た。ハァハァ言いながら行列の最後尾はどこかと見回していると、看板を持った誘導員さんを見つけた。あそこが最後尾だ、と思ってその誘導員さんの元に駆け寄ると、彼が持っていた看板には「売切」の文字が書かれていた。

僕はその文字をすぐに受け入れることができなかった。お店の入り口の方まで行き、先ほど見た看板を持っていた人とは別の誘導員さんに声をかけた。

「すいません、モンブランって終わっちゃったんですか…?」

息切れした弱々しい声が誘導員さんの耳に届くと、誘導員さんは

「ちょっと確認しますね」

と言って胸につけたレシーバーで何やら連絡を取り始めた。おお、確認するだけの余地があるってことはまだ食べられるかもしれないぞ。そんな期待が胸に上り始めた時、誘導員さんからかけられた言葉は

「今日はもう終わってしまいましたね」

だった。淡い期待だった。ここでモンブランを食べるためにはるばるやって来たのに、というショックを感じた。だがここで落ち込んでいる暇はなかった。このお店で食べられないのであれば、僕は小布施にある別のお店でモンブランを食べないといけない。使命感に駆られた僕は他にモンブランが食べられるお店がないか、走って探し始めた。小布施は栗の町。だから小布施には栗を扱うお店がたくさんあるはずだ。Googleマップを見るよりも、自分の足で探した方が早いだろうと直感的に思った。


その直感は的中した。先ほどフラれたお店から信号を渡ってすぐの場所に、何やら人だかりができている。その人だかりを作っているのは一軒の洋菓子屋さんだった。お店の名前は「栗の木テラス」。名前からしてもう絶対モンブラン売ってるじゃんここ。そしてその店内を覗くと、奥にカフェスペースがある。この人だかりは、カフェスペースの席が空くのを待っている人たちでできていると察した僕は、すぐさまお店の前に置かれているウェイティングボードに名前を記入した。僕が名前を記入した時、ウェイティングボードにはざっと10組以上の名前が書かれていたが、もう僕は待つ覚悟を決めていた。ウェイティングボードを見た限り、この時1名で来ているヤツは僕だけだった。今更言うことでもないかもしれないが、僕は1人客が全然いないお店でも気にせず1人で入れるタイプの人間だ。

小布施にある「栗の木テラス」


僕は周りの人たちと同様にお店の前で待ち始めたが、10組以上の待ち客がいるのであれば、そんなにすぐには案内されないだろうと思い、小布施の裏路地をぶらぶらしたりした。途中お腹が痛くなってきたので、お店に戻ってお店のトイレをお借りした。昨日食べたカツ丼に当たったんじゃないかとか思った。ともかくお店がすんなりトイレを貸してくれてよかった。


ウェイティングボードに記名してから30分ほど経った頃、ようやく僕の名前が呼ばれた。1時間とか待つことにならなくてよかった。お店の奥に案内され、席についた。店内はアンティークでシックな、濃い色の木を基調とした洋風レストランのような雰囲気で、老若男女問わずどこのテーブルでもお茶をしながら話に花を咲かせていた。

僕にとってモンブランを頼むことは決定事項だったのだが、モンブランに合わせるドリンク選びに少しだけ時間を要した。いつもならコーヒーを頼むのだが、コーヒーは朝飲んだし、何せこのお店はメニューを見る限り紅茶の種類が結構豊富なようだった。そこで僕はいつもなら絶対頼まない、スパイスミルクティーを注文することにした。旅に出ている、という事実は本来の傾向に対抗する強い心を作ってくれる。


お店が混んでいたこともあり、モンブランが出て来るまでは10分ほどかかった。店員さんがモンブランをテーブルに持って来たときはもうそれだけなんか感動した。これを食べるために旅に出たのだ。フォークを持つ手が少し震えていたかもしれない。その手で一番最初の一口を口へ運ぶ。口に入れた瞬間、濃厚なマロンクリームの甘さが口の中を包み込んだ。普段東京で食べるモンブランよりも、栗の味が濃く感じられるとすぐに分かった。美味すぎる。これが小布施のモンブランか…!と思った。もちろん東京のモンブランだって美味しいことは分かっている。でも違うんだ。栗がどストレートに感じられるんだ。口に入れてから飲み込むまでずっと栗。東京の良いお店のモンブランの美味しさの肝は、どちらかと言えばパティシエが作るクリームの繊細さにあると思っている。小布施で食べたモンブランは、栗そのものの味の強さが美味しかったんだと思う。さすが、栗で有名な町だけある。

モンブラン  ¥520


また、なぜか注文したスパイスミルクティーも美味しかった。ミルクティーという名前だが実際はスパイスの入ったチャイで、甘さとスパイシーさと後味のスッキリ感が心地よかった。モンブランにもとても合っている。たまには旅だけでなくお店の注文も冒険してみるのもアリだな。

スパイスミルクティー ¥750


小布施でとても美味しいモンブランが食べられた。この事実だけで心が高揚している。また必ず栗の季節に小布施にやって来よう。この感動も誰かに味わわせてあげたい。ひとまず竜王の「山の実」と小布施のモンブランを誰かに食べさせる、というのはこれからの人生の宿題にしよう。そして、次来る時は山の実でランチを食べ終えたらすぐに小布施に向かおう。正直湯田中温泉に寄っていなければ、最初のお店も間に合ったかもしれない。


長野で食べた蕎麦とモンブランは、人生の宿題ができるほどの美味しさだった。

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