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八幡弘法合体大師像「乙訓寺」長谷寺のボタン継承!継体天皇【長岡京シリーズ】【大原野シリーズ】

レア仏像!八幡弘法合体大師像は33年に一度の御開帳だが、江戸時代以降非公開・・。本当にあるのだろうか?
 早良親王の怨霊を鎮めるために乙訓寺に滞在した空海は八幡大菩薩を彫っていると、八幡大菩薩があらわれ、空海は八幡大菩薩を見ながら首から上を、八幡大菩薩は空海を見ながら首から下を彫ったとさ。二つを合わせると、ぴったりとくっついたとさ・・・。

変更履歴
2022/11/20 初版

▼HP

▼アクセス

京都府長岡京市今里3−14−7

▼祭神・本尊と脇時

八幡弘法合体大師像

▼見どころ

 真言宗豊山派長谷寺の末寺で、本山と同様にボタンの花で有名。本山である奈良桜井の長谷寺よりボタンの種を受け取り、ボタンの花で有名になったそうだ。長谷寺所縁にあるとは面白い寺だ。

 ボタンの花で有名な長谷寺繋がりなので、本尊は長谷寺式十一面観音と言いたいところだが、そうではない。八幡弘法合体大師像というレア仏像。空海と八幡大菩薩が合体したもの!?
 早良親王の怨霊を鎮めるために乙訓寺に滞在した空海は八幡大菩薩を彫っていると、八幡大菩薩があらわれ、空海は八幡大菩薩を見ながら首から上を、八幡大菩薩は空海を見ながら首から下を彫ったとさ。二つを合わせると、ぴったりとくっついたとさ・・・。

 本堂奥には十一面観世音菩薩立像が安置されている。この仏像は秋篠寺から移されたものと言われている。

 前述の本尊の話に出た八幡大菩薩を祀る。


 毘沙門堂には、小さいながらも男前の「毘沙門天立像@重文」が安置され、見仏は毎年12月31日~1月3日と8月13日~8月16日と牡丹期間中で、それ以外は要予約である。

 神社名・地域名について。「乙訓」とは古事記の一説から来ている。古事記によると丹波出身の4人の姉妹が垂仁天皇に嫁いだのだが、綺麗でなかった2人を里に送り返した。2人の内の1人である「円野比売命(まとのひめのみこと)」は山城国の相楽に入った時に「同じ姉妹の中で醜いという理由で返された事は、きっと近所で噂になる・・・なんと恥ずかしい事なのでしょう」とその後に深い谷に落ちて、お亡くなりになります。その後、堕国(おちくに)と呼ばれ、訛って『乙訓(おとくに)』という地名になったそうな。
 山城国の相楽の話は「相楽神社」の言い伝えになっている。

 境内右手にはアジサイが咲いていた。ここのアジサイは色が違うものが集中して咲いており、見ごたえがある。

▼旅行記

▼セットで行くところ

▼仏像展


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