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顔面の治安が歌舞伎町の路地裏ばりにカオス

職務を放棄して早2ヶ月。

前回実家に帰省した報告(※こちら)から、何の色めき立つ報告もないまま、
ニートの始祖という異名に恥じない生活を日々送っている。

毎日何やってんの?暇じゃない?と問うてくるフルタイムフレンズには、「性に合う。非常に性に合っているんだ。だからどうか、今しばらくは見守っていてくれたまへ」とアニメを横目にコーラを経口摂取しながらBLを読むという浅ましいスキルを発動して、脂肪の経験値だけをどんどん上げている状態だ。

一応11月末までは窓際職員として在職扱いなので、12月から転職出来れば御の字なのだが、年金暮らしの母親から金銭を強奪して生きていくことに何の罪悪感も抱かない俺が、正常な社会の歯車の一員として社長や上司や先輩、同僚や後輩といった魑魅魍魎が跋扈する会社という地獄に戻れる気がまるでしない。

自分が会社に行くことよりも、入間くんが魔界で皆と仲良くやっていけるかの方が大事だし、谷垣ニシパの戦闘および銭湯シーンを逃さずスクショすることの方が人生においては価値がある。

毎度口を酸っぱくして言っていることではあるが、ハロウィンでもない日に俺が渋谷のスクランブル交差点のド真ん中でおもむろに制服のスカートをたくし上げ、「お〇んこバンザーイ!」とトチ狂えば全て許されるのであればとっくにそうしている。

だが実際はどうだ。逮捕だ。見たくないものを無理やり見せられた罪で即逮捕だ。毎日風呂にも入っているし、なんなら手のひらより清潔であるにも関わらず、おま〇こというだけで逮捕だ。マジマジに解せん。見たい奴だっているだろうに、その他大勢の見たくないフリをしている奴らに正義は味方する。おまけに家族の写真まで拡散されて、死ぬまでおまん〇BBAの家族として皆に迷惑をかけてしまう世の中なのだから非情である。

だがその股間に「戦争反対」という垂れ幕を下げるとどうだろう、若かりし日の草間彌生の〝ハプニング〟と同義にはならないか。あれは素晴らしいヌードデモだった。自身の抱える病気を芸術に昇華し、人生を賭けて道を貫く彼女に何度鼓舞されたことか。お前と一緒にすんなと剛速球が飛んできそうなのでこれ以上は明言を避けるが、まぁあれだ、察してくれ。

ひとまず人生の夏休み。日記でもつけようと思ってPCを開いたのが1ヶ月前のことで、PCを開いて、さぁこれまでの帰省の思い出をば綴らん!とすればYahoo!ニュースが気になりザワつく心。結果箇条書きで閉じられる日記。金銭の発生しない目的は総じて霧散する、俺のチャーム&ウィークポイントだ。発表されないダイアリー、腐敗するネタ、向上しないモチベーション。もうこのままnoteなんて辞めてしまおうと思っていた矢先、祖父が死んだ。

父方の祖父が4月に亡くなり、今週、母方の祖父まで亡くなった。
世も非情ながら俺も非情なもので、これまで誰が死んでも涙一つ流すことなく葬儀場では陽気にオクラホマミキサーを踊るような女だった。

母方の祖父とは正月にすき焼きを食べるのが慣例であったので、知らせを受けた夜、弔いに一人ですき焼きを作って食べようとした。卵を割って溶く。豆腐と春菊をさらってダイブさせ、させようとして箸を落とす。湯気の向こう側には〝何やってんだよ〟と笑ってくれる祖父は当然おらず、お前はもっと肉を食べろと俺の皿にわんこそばの要領で肉を追加してくる祖父もいなかった。だからこの鼻水は湯気のせいじゃないんだと気が付いてしまってからは、全然大したことない祖父との思い出ばかりが鍋に浮かんでは消え、浮かんでは消えして、顔面の治安が歌舞伎町の路地裏ばりにカオスと化した。

もう長くはないんだと、帰省した際に聞かされていた。
それでも母の言う長さはそう短くはないんだと、どこかで過信していた。
次に帰省するまでは生きていてくれるだろうと、安易に考えていた。

白滝が嚙み切れない。ネギが目に染みる。

お前は思いやりのある優しい人と結婚するんだぞと囁いていた祖父が、娘の婿(俺の父親)にどんな思いを抱きながら酌をしていたのか。お父さん怖いよ…お母さん可哀想だよ…AちゃんもBちゃんも泣いてるの…と訴える俺を、どんな思いで祖父は抱きしめていたのか。一度は嫁いだ俺がDV夫から逃げて離婚した知らせを受けた時、「よくやった」と一言だけ呟いた彼の心中は計り知れない。

肉が硬くなってきた。火を弱める。

認知症が始まって、娘のことすら記憶が覚束なくなったと聞いた時、もうこれで祖父を思い煩わせなくてよくなったと安堵する自分がいた。
祖父の最後の日々が、楽しかった思い出だけで構築されていればいいと何度も願った。お喋りな祖母をまっすぐに見つめ、嬉しそうに相槌を打つ祖父。俺を助手席に乗せて揚々と運転に励む祖父(※過去記事参照)。ポポちゃんを大事に育てる祖父(※過去記事参照)。いつも優しくて大らかで、じゃじゃまる(※ニコニコぷん)にソックリすぎてモデル説まで出ていた(あくまで身内の中で)。

忘れられてしまっても、忘れたくない思い出がありすぎて、たしかに俺はこの世で祖父と一緒に生きてきたんだと何かに残したくなって今、ここにしるしを付けている。

3個目の卵を割り、大量の肉をさらって器にダイブさせる。
口から溢れ出しそうなそれを豪快に飲み込み、たくさん食べると褒めてくれた祖父を思い出してはまた、涙が止まらなかった。

「よくやった」
今度は俺が、声をかける番だね。

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