『冬の終わりと春の訪れ』#11


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 次の日は、僕の期待通りに雪が積もった。

『学校の時計台の下に11時、とかでいい?』

 朝起きると遠山さんからLINEが入っていて、その連絡になんだかとてもむず痒いような、嬉しい気持ちになった。『おけ』そう返して、身支度を整えてから学校へ向かう。家を出たときには雪は止んでいたけど、雪のせいだろう、いつもより寒く感じられた。

 時計台の下に着いた時、既に彼女はそこにいて、僕を待っていた。

「おはよう」
「おはよ」

 制服にコートを着た格好の彼女は、よく見慣れた姿である。しかし、学校がない休みの日に約束をして顔を合わせるというのはなんだか特別な気がして、少しだけ緊張した。

「さっき少しグラウンド見てきたんだけど、部活で結構よけられちゃってたんだよね」
「そうなんだ、じゃあ中庭は?」
「そこは他の子に先越されてた」
「皆考えることは一緒ってことね」

 僕達以外にも、初雪を楽しみたい人がいたということである。

「じゃあどうしようか?」
「良い場所残ってたよ」

 考えあぐねた僕が聞くと、遠山さんはにやりと笑った。どうやら早めに来て探しておいてくれたようだ。助かる。
 遠山さんが「こっち」と言って歩き出したので、その後に続く。彼女はまっすぐ駐輪場の裏へと向かった。この道はおそらく、裏庭へと続いている。

「じゃじゃーん」

 辿り着いたのは予想通り裏庭で、柔らかそうな雪が積もっていた。テニスコートの半分くらいのスペースであるそこには誰もいない。

「いいね」
「でしょー。早速作ろう。私頭の方丸めるから、片山くんは身体の方ね」
「どれくらいの大きさで作るの?」
「めっちゃ大きいのにしよう」

 手近な雪をまず手に持って、彼女は小さな丸を作り始める。それに倣って丸め始めたが、彼女の言うめっちゃ大きいのを作るには、裏庭は少々小さいのではないかとも思う。
 しかし遠山さんは楽しそうに鼻歌なんか歌いながら雪玉を大きくしていて、なんだかその姿が新鮮に感じられたので黙っておくことにした。

「片山くんはさ、冬休みどこか旅行行ったりするの?」

 鼻歌の合間に、遠山さんがそんな質問をしてきた。彼女が僕について何かを聞いてくるのは僕に比べたら少ないので、少々嬉しくなってしまう。

「んー、特に予定はないかな」
「そうなんだ、意外」
「なんで?」
「結構行く友達多いから。ほら、来年は受験でそれどころじゃないでしょ」
「あー、そっか」

 受験という、あまり来てほしくない現実が少しずつ近づいている。なんだか少々億劫な気持ちになってしまった。できることなら、このまま遠山さんとのんびり過ごしていたい。

「遠山さんはどうするの?」

 彼女は、どこの大学に進学するつもりなんだろうか。高校を卒業したら、もう会うことはできなくなってしまうんだろうか。
 それはちょっとやだな、なんて思いながら聞くと、彼女は「んー」と曖昧な言葉を発した後、

「どうしようねぇ」

 なんとも言えない返事をした。

「志望校決まってないの?」
「まぁ、そうかなぁ」
「それとも就職?」
「んー、どうだろ」
「なんか曖昧だね」

 彼女は物事に対して、どちらかと言えばはっきりとした考えを持っている方だった。だからこそ素晴らしい小説が書けるのだろうし、僕はその小説に現れる遠山さんの考えや、話を聞いていて知ることのできる彼女の感性が好きだった。
 しかしこんなにも曖昧な返答をする彼女を見るのはおそらく初めてて、少し困惑する。
 遠山さんを見ると、彼女は僕に背を向けた状態で座り込み、黙々と雪玉をまるめていた。その大きさは先程よりだいぶ大きくなっている。

「……遠山さんでもそんなに悩むことってあるんだね」

 あまりに追求すると負担になるかと思い、その件について深追いするのはやめた。

「まぁね」

 彼女は振り返って、僕に苦笑してみせた。


     *   *   *


「できたー!」

 僕達の作った雪玉を上下にくっつけて、ようやく雪だるまが完成した。
 僕の腰あたりの背丈まである雪だるまは、おそらく彼女の目指す雪だるまの大きさには満たなかったのだろうがなかなか立派に見える。
 そこらへんに落ちていた枝や石で、腕と胴体の模様を付けて可愛らしく仕上がった。

「えー、なんか可愛いなー、愛着感じる」

 パシャリ、遠山さんはスマホで雪だるまを写真に収めている。僕もそれに倣って撮ってみると、確かになんだか愛着を感じた。

「片山くん」
「ん?」

 呼ばれて振り向くと、パシャリ。遠山さんのスマホからシャッター音が聞こえた。

「撮れたー」

 にやり、嬉しそうに遠山さんは笑う。どうやら雪だるまと僕を一緒に撮ったらしい。

「急に撮るのはなしじゃない? 僕そんなに写真得意じゃないんだけど」
「ごめんごめん、記念だと思って許して?」
「えー」

 多少ブーイングを言いつつも、最終的には「仕方ないな」と許すことにする。彼女は嬉しそうに笑った。
 それになんとなく、恥ずかしいような、変な気持ちになる。彼女はなんで僕なんかの写真が撮れて嬉しいのか。

「片山くん、旅行行かないならさ」
「うん」
「冬休み中も、こうやって学校で会おうよ」

 彼女の誘いに、先程の変な気持ちが増した、気がした。
 彼女からこうやって何かに誘ってくれるのは、初めてのことだ。

「僕は大歓迎だけど……遠山さんから誘ってくれるなんて、珍しいね」
「そう?」
「うん。どうしたの?」

 今日の遠山さんは、なんだか変だ。鼻歌を歌ったり、にこにこと笑う機会が多かったり。テンションが、高い。

「んー、なんとなくだよ」

 答えを教えてくれない遠山さんは、にこりと笑った。その笑顔に僕は、なんだか心の中で何かが熱を持ち始めていることに、気づきつつあった。


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