『冬の終わりと春の訪れ』#10

≪前へ 次へ≫



 画面に曲名が表示される。葵先輩がわくわくとした様子で遠山さんにマイクを渡した。受け取った遠山さんは腹を括った様子で、マイクを手に持って画面を見つめる。
 前奏はない。カウントが始まって――その後遠山さんから聞こえてきた声は、とても澄んだ綺麗な声だった。
 しっとりとしたメロディに合わせて、歌うというよりは語り掛けるように歌詞が紡がれる。激しさはなく、ただただ心に安らぎが与えられるような。
 遠山さんが蜜柑さんとして紡ぐ物語は、激しく遠山さんの心の訴えが現れるものも中にはある。だからか、遠山さんの歌声と蜜柑さんの作品にギャップを感じた。
 しかし、いや、だからこそだろうか。

 僕は新しく発見できた遠山さんの姿に、酷く感動してしまった。

 僕は暫く、遠山さんの歌声に聴き入ってしまった。そしてその時初めて思った。
 ずっとこの時間が続けばいい。こうしてずっと、遠山さんの隣にいたい、って。

     *   *   *

 カラオケを出た後は皆でファミレスに行きフライドポテトとドリンクバーを頼んで雑談をしながら過ごした。
 話の内容なんてそんなに大したものではなくて、この前の冬号がどうだとか、受験勉強とはこういうものだとか、2年生のうちにこれはやっておいた方がいいだとか、そんなもの。
 そうしていると時間が経つのは早いもので、あっという間に22時過ぎになる。

「そろそろ帰らないとね」

 高校生にしては大分夜遅くまで過ごしてしまった。もう少ししたら補導される時間になってしまうだろう。
 部長の声かけによりお開きになる。部長にお金を預けて会計を任せ、それ以外の4人は店を出る。すると。

「わぁ……!」

 一番先に外に出ていた葵先輩が歓声をあげる。何かと思えば、今年初の雪が降っていた。

「お、ホワイトクリスマスだな」

 僕の後ろからついてきた速水先輩が空を見上げる。確かに、とその言葉に頷いた。
 遠山さんはといえば、葵先輩の後ろで空を見上げている。

「遠山さんは、雪好き?」
「また始まった。片山の美佳ちゃんへの質問コーナー」

 僕が遠山さんに聞くと、何故か速水先輩が呆れたように笑った。それに少々ムッとする。別に、コーナー化したつもりはないのだが。
 遠山さんも遠山さんで、速水先輩の言葉にくすりと笑みを浮かべていた。まるで先輩の言葉が正しいとでも言いたげな笑いである。ただ、僕は気になっただけだというのに。

「雪は好きだよ。吹雪は嫌だけど」
「へぇ。雪合戦とかするの?」
「それよりかは雪だるま作るかなー」

 僕達がそんな話をしていると、会計を終わらせた部長が戻ってきた。「あ、雪だね」と1人遅れて反応している。

「明日積もるって言ってたしねー」
「え、そうですっけ」
「そうだよ。美佳ちゃん、ニュース見てなかった?」
「ぶちょー、俺も見てないでーす!」
「アンタには聞いてないから」

 部長と遠山さんの会話に割り込んできた速水先輩に、部長が喝を入れている。なんだかんだ部長は速水先輩に少々あたりが強い。
 僕も天気のニュースは見ていなかったので、積もるとは知らなかった。吹雪くのは嫌だと遠山さんは言っていたし、吹雪かなければ良いけど。

「そうだ、遠山さん。積もるなら、明日一緒に雪だるまでも作りますか?」

 先ほどの言葉を思い出し、名案だと思って提案する。すると遠山さんは、少々驚いた顔をしていた。

「学校の空きスペースとか別に使っても良いだろうし。先輩方もどうです?」
「んー、私は流石に、今日遊んだし明日は勉強しないと」

 部長は僕の提案に苦笑する。その返答に、速水先輩や葵先輩も「……やっぱり?」と顔を見合わせていた。この2人はごり押ししたら誘いに乗ってくれそうだが、それでは受験の邪魔になるしやめておこう。

「それもそうですね。じゃあ遠山さん、僕と2人になるけど……それでもよければ、作らない?」

 先ほどのカラオケで、遠山さんの隣にいたいと感じた気持ちが尾を引いている。冬休みに入ってしまう中で、少しでも遠山さんとの時間を作りたいと考えてしまった。
 少し不器用な誘い方になってしまっただろうか。今までも2人きりで部室で過ごしたことはあるのだが、少し緊張してしまう。何故だろう。
 そんな僕の考えていることなんてきっと露ほども知らない遠山さんは、

「んー、……わかった。じゃあ明日、積もったら学校ね」

 笑って、その誘いに乗ってくれたのだった。



≪前へ 次へ≫


皆様のサポートが私のモチベーションに繋がります。 よろしければ、お願いいたします。