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食育と和食

2005(平成17)年に成立した食育基本法では、食育とは「生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの」として位置付けられています。
つまり勉強より、行儀より、運動より、まずは食事が一番大切だ、と日本国として言っているわけです。
「体育智育才育は即ち食育にあり」と食本主義を掲げた、食養会初代会長石橋左玄の面目も躍如たるところです。

2013(平成25)年には、日本人の伝統的食文化としての「和食」がユネスコの「食の無形文化遺産」に登録されました。
それまでに登録されていた「フランスの美食術」「地中海料理」「メキシコの伝統料理」「トルコ・ケシケキの伝統」に続き、「韓国のキムジャン」「トルココーヒー文化」「グルジアのクヴェヴリ」らと並んでの「次世代に残すべき食文化」の登録です。
南北に長くのびる弧状列島の複雑な地形地勢と、四季に恵まれた気候風土に育まれた食材を、折々の伝統行事や生活のシチュエーションに合わせて、工夫を凝らして料理し、器や盛り付け、飾り付け、いただく作法にも気を配った、五感の総合芸術とも言える日本の伝統食は、まさに世界に誇るべき、そして次世代に残すべき文化です。

以前より「ヘルシーフード」として認知されていたWashokuは、この世界遺産登録を機に、全世界的な健康志向にも後押しされて、各国で大人気となりました。
農林水産省食料産業局食文化・市場開拓課の調べによれば、2006年に2.4万軒だった海外の日本食レストランの数は、2019年には15.6万軒とわずか13年間で6倍以上に増えたそうです。
それに伴って、来日する観光客数もうなぎ上りに増え、2003年の521万人から、2019年には3188万人と、やはり6倍以上に増加しています。
観光庁が訪日外国人に対して行なった調査では、「訪日前に期待していたこと」「日本滞在中にしたこと」の項目で、「日本食を食べること」が圧倒的に多く、それぞれ70.5%、96.2%を占めています。

ところが海外からの注目度とは裏腹に、日本国内では若い世代を中心として、和食離れの傾向が目立っています。
昭和から平成に入って核家族化が進むと、すでに味付けされ調理されたインスタント食品や加工食品が家庭の食卓に並べられることが一般的となり、日本人の味覚の基本であった味噌や醤油、鰹節などを使って料理する頻度は激減しました。
今の日本の食卓では、家族でバラバラな時間にそれぞれの好みの食事をすることが日常となり、手作りのおかずを作ることも、毎日ご飯を炊くこともしない世帯が多くなっています。
この和食離れのトレンドは食育基本法制定後も変わることはなく、2011(平成23)年にはついに家庭におけるコメの消費額が、史上初めてパンの消費額を下回りました。

国内で消費された食料のうち、国産のものの占める割合を示す「食料自給率」は、1946年には88%、1965年でも73%ありましたが、現在では37%(農林水産省2020年度カロリーベース)まで落ち込み、主要先進国中最も低い水準となってしまっています。
カロリーベースによる食料自給率は、
1人1日当たり国産供給熱量÷1人1日当たり供給熱量×100
という計算式で求められるので、この数字を高めるためには、
① 国産の食品をもっと食べる(分子を増やす)
② 食品全体の消費量を減らす(分母を減らす)
という2つの方法が考えられますが、それぞれの項目に注意点があります。
① 国産の肉や乳製品であっても、飼育のための飼料が輸入品だと、国産としてカウントされない
② 食べないで捨ててしまう食品も分母としてカウントされる
つまり肉や乳製品を多く食べることや、食べ物を捨てることによっても、食料自給率は低くなるのだということです。

コメの自給率は主食用としては100%を保っていますが、これは単純にご飯を食べる量が減ったためです。
それに対して小麦の自給率は14%、大豆9%、外国産飼料で育てられたものを除いた牛肉が10%、豚肉6%、鶏肉8%と、恐ろしく低い数字となっています。
もし世界規模での有事が起これば、我々日本人は、たちどころに飢えに貧することになるのが一目瞭然にわかる数値です。
太平洋戦争中に戦死した兵士の数は230万人と言われていますが、そのうち半分以上は餓死だったといいます。
日本は世界第一位の農産物準輸入国であり、しかもその輸入量のほとんどはアメリカや中国など特定の数カ国からのものに頼っています。
日本という国の危機管理や安全保障を考えると、第一にしなければならないのは、食料自給力を上げ食料自立性を確保することではないでしょうか。

そしてこのカロリー源の60%以上を他国からの輸入に頼り、世界一の農産物準輸入国である日本の国内では、年間1700万トンの食品廃棄物が捨てられており、そのうちまだ食べられるのに廃棄される「食品ロス」は年間800万トン近く含まれていると推定されます(農林水産省2010)。
これは日本のコメ収穫量850万トンにほぼ匹敵し、世界中の人々国々が食料難民に対して行っている食料援助量400万トン(2011)の2倍に当たる数量です。
この現状を「もったいない」と思って、われわれ一人一人が食べ残しを減らし、冷蔵庫の中の食品を毎回きちんと食べ切れば、どれだけ食料輸入が削減され、どれだけ食料難民に回せる食べ物を増やせるでしょう?

食べるという行為は、その土地で育まれた「いのち」をいただくことです。
ヒトのからだはその生まれ育った大地から材料をもらい、風土からエネルギーを与えられ、環境と相互作用することで機能しています。
地元で栽培された食材を使って調理した、世界に誇るべき和食を毎日美味しくいただく。
ただそれだけをすることによって、自分自身のからだが養われ、健康になり、世界中の食料難民の助けにもなり、地球環境を破壊から守り、食糧有事に備えることができるのです。
「食育は生きる上の基本」とはよく言ったものだと思います。

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