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負け組だから良い事もある

 小学校、中学校、高校、大学とそれぞれで部活動をしてきた。いずれもレギュラーになれない補欠だった。いや、補欠にすらなれない、登録にも漏れるような文字通り「箸にも棒にもかからない」選手だった。

社会人になって本社採用の新卒社員として鹿児島の事業所に赴任した。「東京の本社から社員がきた」と特別な目で見られた。何もできないけど東京で採用されただけで特別な目で見られた。

今までの人生でそんなことは一度もなかった。誰からも注目されない「無色透明」な存在。自分の存在価値なんて一度も感じたことはなかった。

疎まれる、邪険にされる、迷惑がられる…そんな普通の人だったら嫌がるようなことでもうれしかった。誰かが自分の存在を感じてくれている事がうれしかった。

仕事は一生懸命にした。自分に与えられたことだけでなく周囲の人の仕事も一生懸命にした。仕事する事が自分の存在価値を示すかのように一生懸命に働いた。

そしてその結果、僕の直属の上司だった「お局さん」が退職した。役割がなくなったから退職した。僕が赴任するまで3人でやっていた総務部庶務課の仕事は、僕が赴任して1年で新卒入社1年目の高卒女子が1人で担えるように仕組み化したことが原因だったかもしれない。

そして僕は間もなく転勤になった。ジョブローテーションの一環で次の静岡県の事業所で経験を積むために。

次の職場でも馬車馬のように働いた。朝一番最初に出勤して事務所の鍵を開け、夜は最後まで居残りして鍵を閉めて帰った。人の2倍長く働いたから人よりも早く仕事を覚えた。

地道な努力は嫌いではなかった。補欠にもなれない部活動時代、毎日のように朝練して居残り練習した。それでも、全然上手くならなかった。仕事は違う。ひたむきに仕事して作業を効率化していったら必ず成果が出た。

あくまで作業だからやればやるほど成果が出た。不具合と非効率を解消するため、当時会社で採用したばかりのパソコンを駆使して効率化していった。何度も同じことをやるものはどんどんフォーマットを作った。ただそれだけで業務効率が改善する時代だった。

フォーマットを作って皆に共有し、使い方を教えただけの事で事務作業は軽減した。その変化が楽しくもあった。

特別な事なんて何もない。ただ、地道にやっただけのこと。でもそれをひたすら地道にやり続ける人が少なかった。転職した営業会社でも同じだった。

地道に行って検証して、無駄を省いたら必ず成果が出た。成果が出ると自信につながった。どうしたらみんなの役に立てるか?って考えて業務効率を改善しただけで認められた。

サッカー部では補欠にすらなれなかった僕が一定の成果を出したのだ。「仕事ってこの程度で成果出せるものなのか!」と驚いた。たぶん、日々の仕事にワクワクしながらゴールから逆算する人が極端に少ないのだと思う。

大きい会社に入るよりも、小さい会社に入って業務全体を把握して利益に貢献する方が向いているのかも知れない。小さい事業の場合変化を肌で感じられるのが楽しい。

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