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父が好きだった鯛めし

夏休みに入ると小学校の教師だった父は教え子たちと島でよくキャンプをしていました。場所は渡船に三分ほど揺られて到着する瀬戸内海の小さな島鹿島かしまです。

島には教え子たちとの思い出がいっぱいです。父は釣りや海遊びをして子供たちと楽しい時間を過ごしていました。
そのキャンプがきっかけで、島で出会った美味しい食べ物があります

それは鹿島の港のすぐそばにある太田屋の名物料理”鯛めし”です。
キャンプの時、悪天候でその宿に宿泊してから女主のおばあちゃんと親しくなり、家族で訪ねるようになりました。

太田屋の”鯛めし”はとてもシンプルです。
お釜に鯛を丸ごと一匹入れて、ダシとコブで炊き込み、焚き上がってから、鯛の身をほぐしてご飯と混ぜて食べるのです。
その上品であっさりとした味が父は本当に好きでした

お釜からご飯をよそう時に立ち上る白い湯気と鯛の香りがたまらなく食欲をそそるのです。父は茶碗の中を愛おしそうに眺めていました。父に影響されて母も私も妹も、鯛めしのファンになりました。

その店は海に突き出すように建てられていて、見晴らしがよく、四方がガラス張りでどの席からも海が見えます。
大きな部屋に、長テーブルがいくつも並べられていて、椅子の変わりに座布団が置いてあります。
父は料理が来るまでの間、寝転がって海を見ていました。そんな気楽さも店を気に入っていた理由かもしれません。

父が70歳を過ぎてから脳梗塞で倒れ、リハビリを終えてやっと退院してきた時、父を喜ばせたいと家族で久しぶりにその店を訪ねました
島に渡る渡船の中から、父はとても嬉しそうでした。教え子たちと来たキャンプの事を思い出していたのでしょう。

目的の店に到着すると父は一番見晴らしがいい場所に陣取りました
動きずらくなった片方の体を何枚も重ねた座布団で支えながら、お目当ての鯛めしが炊き上がるのを待っていました。

「久しぶりですね、お元気そうで良かった」
鯛めしを食べたいと思って来たんよ、来れて良かったわい
「今日はお天気が良くて良かったですねー」
「ホント、鹿島はええねー
父は料理が来るまでお店の人とそんな会話を交わしていました。

いよいよ炊き上がった鯛めしが運ばれてきます。4人分の鯛めしが入った大きなお釜の蓋を開けると、白い湯気が立ち上り、鯛のいい香りが漂います

父の顔が緩みました

美味しそうじゃのー、ええ香りがすらい、これよこれ
母は、父の前に鯛めしを山盛りにしたお茶碗を差し出しました。

「お父さん、いっぱい食べんといかんねー」
「食べるぞー、食欲が出てきたわい」
そんな会話を聞きながら、私たち家族は笑顔で食事を始めます

父は、何度もおかわりしていました。
そんな父の食欲を見て、家族みんなが幸せな気持ちでした

あの時の家族の笑い声が今も心に残ります。

あの日の父の笑顔を思い出すと、また鯛めしが食べたくなります


【毎日がバトル:山田家の女たち】

《父はとびっきりの笑顔でした》

※92歳のばあばと娘の会話です。

「あの店の鯛めしは絶品よ、お店の人も優しいし、それに船に三分乗るだけじゃけど旅気分なんよね

「お父さんはあの鯛めしが本当に好きじゃったねー」

「海の水で炊きよる言いよった気がする、ほじゃけんほんのり磯の香りがするんよ、鯛も新鮮でうま味があったわい」

お父さんと行った時の鯛めしは、ひと際美味しい気がしたねー

母と亡くなった父の事を思い出しました。 あの日の父はとびっきりの笑顔でした


最後までお読みいただいてありがとうございました。
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また明日お会いしましょう。💗


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