レーベルはサービスになり、メディアはプラットフォームになり、個人にパワーシフトした。だから「コロンブスMV事件」も起きる。そんなこれまでの10年。これからは?を話します!
柴那典、脇田敬と3人でタブーなく縦横無尽に音楽について本音を語るトークイベント「音楽未来会議」は8月4日が3回目になります。11月までの4回分をまとめて書籍化するので、過去回のテキストなど読み始めているのですが、手前味噌ながら、「面白れーな。ほかで見たこと無い種類のものになってるな」と感じました。これから書籍としてどういう形にまとめあげるか3人で話していくので、お楽しみにお待ち下さい。来年の早い時期に出版できるように頑張ります。
よくできた仕組みだった日本のレーベルと音楽系メディア
さて、次のテーマは、「レーベルとメディアの10年」です。音楽ビジネスにおけるレコード会社の役割は、大きく変わりました。デジタル化という波が音楽の制作、拡散(宣伝)、体験と、川上から川下まで全てを塗り替えたからですね。CDが主商品だった時代は、レコード会社が音楽ビジネスの幹でした。プロユースのレコーディングスタジオでプロフェッショナルのレコーディングエンジニアの助けを借りて、完成させた「マスター音源」を複製して丁寧に商品化して、音楽に特化したCD店を通じて販売する。ヒット曲となり、著名なアーティストになるためには、(仲間内ごとから世の中ごとになるためには)地上波TVの力を借りるのが一般的でした。音楽雑誌やFM局など音楽を中心に据えた専門メディアでの目利き(耳利き)の力を借りて、ファンを獲得していくところから始めます。
この仕組みがデジタル化という波が、津波が全てを塗り替えるように、構造ごと変化させているのです。10年前というと、その流れは確実に始まっていました。Spotifyなどのストリーミングサービスが広まることで、海外では2014年が音楽業界(録音原盤市場)売上がV次回復しはじめまた年です。日本の音楽業界は、CDビジネスとマスメディアの仕組みがよくできていたがゆえに、デジタル化という歴史の必然に乗りおくれて、長期低落を続けました。それまで音楽ビジネス生態系の幹であったレコード業界が、自分たちの存在感が下がるストリーミングサービスの普及に対して後ろ向きだったことが理由です。
確実に見えていた未来に後ろを向くと、その業界全体が地盤沈下するという事例ですね。その間を埋めたのが、TuneCoreJapanというインディーアーティスト向けのディストリビューターで、レーベルとの比較でいうと、ソニー、ユニバーサルに次ぐシェアを持ったというのが「これまで」の10年のざっくり総括になります。
レーベルサービスとディストリビューター
これからのレーベルという観点だと、キーワードは「レーベルサービス」です。日本だけ見ているとわかりにくいのですが、「メジャー」レコード会社は、ユニバーサル、ソニー、ワーナーの3社で、それ以外はインディーズ(ドメスティック)レーベルというのが、グローバル視点での捉え方です。
音楽市場は母国語のポップスのシェアが大きいのは多くの国で共通ですが、日本もどうです。(K-popも日本市場仕様にしますよね?)なので、ドメスティックレーベルの存在感が大きく見える訳です。
レコーディングの費用が低廉化し、マスメディアへの媒体費が必要なくなり、音楽ビジネスが個人でも可能になった今、レーベルの役割が変わりました。
それを象徴するのが「レーベルサービス」という言葉です。世界一のレーベルサービス「Believe」は、フランスで株式上場し、3大メジャーに迫る勢いで伸びています。従来のレーベルとの違いは、デジタル特化と権利を持たないです。
日本以外では、CDなどのフィジカルは作らないのが普通なので、ストリーミングサービスやYouTubeが中心になるのは当然ですが、データに基づく適切なアドバイスを行うコンサル的な側面を充実させているようです。原盤権などはアーティスト側に持たせたままで、流通の手数料を取るというモデルも従来のレーベルとの大きな違いです。手数料は30%と安くはないですが、アドバンス(印税前払い)を行うので資金提供の側面もあります。ディストリビューターとして、売上の元を押さえているので「取りっぱぐれ」のリスクは低く、再生に関するデータをおさえているので適切な金額判断が可能ということなのでしょう。従来のレーベルの代替をデジタル特化、データ重視で行うのが「レーベルサービス」です。
Believeは2015年にTuneCoreJapanの親会社であるTuneCoreアメリカを買収しています。ディストリビューターとレーベルサービスの違いはわかりづらいのですが、DIYのアーティストにディストリビューション機能を提供して、成長してきたら、料率をあげつつ、マーケティング情報やアドバンスでの資金まで広げていうモデルは、アジアなどでは急速に広がっています。
日本は、海外に比べると、「デジタル以外」にもやることが残っていたり、「事務所」という欧米にはないプレイヤーの存在感が大きかったり、TuneCoreJpanがディストリビューターとして突出した存在になっていたり、と特殊性があるので、今年設立されたBelieve Japanがどう言う展開になるのかは予測は難しいところです。
次回の音楽未来会議では、Believeに代表される「レーベルサービス」についても、ビジネス構造だけではなく、文化的な側面、音楽トレンドとの相互関係なども含めて、3人で掘り下げるつもりです。
大きく変容した「音楽メディア」
レーベル以上に役割が変わったのが音楽をまつわるメディアです。15年くらい前までの音楽ビジネスにおいては、「最後はお茶の間ヒットをやらないとね」というのが前提になっていました。地上波テレビで幅広い層から支持される「ヒット曲」を出すことが、アーティストもスタッフも、ファンも喜ぶ全員がハッピーな「答え」であるという前提があったとおもいます。この「法則が完全に崩れているんのは誰の目にも明らかだと思います。
それ以上に、未来会議で話したいのは、音楽系メディアの役割の変化です。15~20年前までは、音楽専門雑誌がコンビニ店に並んでいました。レコード会社の宣伝費が一定額割り当てられて、アーティストインタビューとリリース情報の広告が掲載されていました。「CDデータ」「WHAT's IN?」などの雑誌を覚えているでしょうか?
FM局も音楽を中心とするメディアです。J-Waveの開局は1988年、大阪FM802が1989年です。NorthWave(札幌)やZIPFM(名古屋)などの、いわゆる「第二FM」が、新進アーティストを広める役割を努めました。1990年代は「渋谷系」といわれ都市型のポップスが注目され、空前のヒットとなった宇多田ヒカルのデビュー曲も発信源は第二FMでした。FM局がパワープレイする楽曲がラジオ発でヒットする時期があったのです。
音楽雑誌の役割はWebメディアに、ラジオの役割はストリーミングサービスのプレイリストやTiktokなどでのユーザー作成動画(UGM)に置き換えられてたのは、この10年間の変化と言えるでしょう。
マスメディアの役割は広いリーチではなく、「ブランド力」
今、音楽におけるマスメディアの役割は何なのか?そしてこれからどうなっていくのか?音楽未来会議で二人の意見を聞きたいことですが、僕の現時点での意見は「リーチではなくブランド」です。マスメディアを通せば、数多くの人に届くというのは、音楽に限っていれば、すでに幻想になっています。「番組の内容などと有機的に結びついてタイミングが良いと」広まる「こともある」。というのが現状ではないでしょうか?これはTikTokで面白いショート動画と結びつくと、バズる「ことがある」のとあまり変わりません。残っている価値があるとすると、信頼度の高い番組で流された、アーティストが語ったという「ブランド」で、それをradikoやYouTubeなどで拡散するというのが従来型のメディアの活用法になっている。このようないわば、マスメディアとデジタルサービスの「主従逆転」を理解していないととんでもないことになります。
「コロンブスMV事件」が示す、レーベルとメディアの劣化
先月、騒動となってしまったMrs.GREEN APPLEの「コロンブス」のMVが表しています。以前の国内に閉じて、SpaceShowerTVや深夜の音楽番組でしか流されていなければ、あそこまで批判に晒せることはなかったでしょう。「まあMusicVideo(業界ではいまだにPV、プロモーションビデオとも言いますね)だし、本人たちに悪意はなかったよ」という総括が可能だった気がします。
今は、YouTubeにアップロードする行為は「グローバルな表現活動」ですから、時代にあった良識、いわゆるポリコレは、マストで必要です。アメリカの黒人奴隷の問題は、現代の感覚ではとんでもない人権侵害ですし、いまだに解決せず、BLACK LIVES MATTERSという社会運動に引き継がれていますから、音楽家こそ敏感でいなければならない領域です。
ただ、10代でレビューして、日本の音楽界で人気者になった彼らに、その感覚を学ぶ機会がなかったことは不幸だったなと思いますし、日本の音楽界の現実でもあります。「コロンブスMV事件」が示したのは、そのドメスティックに閉じた日本の音楽界の感覚でしたし、大手レコード会社を中心とした既存の仕組みの劣化の証明でした。(グローバルレーベルのはずの)ユニバーサルミュージックがあのMVが発表されたこと、コカコーラというグローバルカンパニーのCMに携わっていた広告代理店が機能しなかったことには弁解の余地は無いでしょう。
メンバーがすぐに謝罪して、MVを撤回した姿勢は好感が持てました。これを機会に、2020年代に人気バンドであると言うのはどういうことなのか、学んでくれれば良いと思います。
いわゆるリベラル系の人たちが、鬼の首を取ったように批判するのも気持ち良いものではなかったですね。僕は実は、Sonar視察でスペイン・バルセロナに滞在中で、リアルタイムには知らなかったのですが、その後キャッチアップしました。柴君のVOICYでの発言内容が素晴らしく、ちょっと安心ました。何度もアーティストに取材していて親近感もあるはずですが、むやみに庇うのではなく、悪い部分は悪いと指摘した上で、もし自分がスタッフとして関わっていたらどうしただろう?という代案を提示しています。音楽家に関わる仕事をするときに、最も必要な誠実さだと僕は思います。音楽ジャーナリストの域を超えた、そして批判を受けるリスクも引き受けた誠実な態度は、心底尊敬しました。まだの方は是非、聞いてみてください。
音楽未来会議では「コロンブスMV問題」を掘り下げるつもりはないですが、従来型の「レーベルとメディア」の劣化のもっともわかりやすい事象ではあるので、これからどうしていくべきなのかと言う前向きなお話はしたいと思っています。
イベント告知とは思えない長い投稿になってしまいました。言いたいことは一つです「8月4日に音楽未来会議Vol.3来てね!リアルで、もしくはオンラインで」待ってます!!
モチベーションあがります(^_-)