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披露宴とバット折り。

一応、私は既婚者だ。
日々、飯を炊き、掃除をし、雑務をし、パートに行き、空いた時間にはnoteを書いたり、コーヒーを飲んでボンヤリしている。

屋根のある場所で雨風晒されず、ご飯も食べれて、温かい布団に寝れて、時々本を買って読む。これ以上何も望まない。

志低いと言われようが、満ち足りている。
夫はどう思っているのか知らぬが。

そんな私達夫婦、3月末に結婚18年目を迎えた。
47歳にして、未だに人としてどうかと思う私が18年前、一丁前に結婚をした。
そして、私は夫の事を尊敬しているが、正直夫はおおらかというか、大雑把というか、天然ではないのだが、若干世間ズレしている所があると思う。

そんな割れ鍋に綴じ蓋な私たちの結婚式の話。


          ***

「そういえば、結婚ってどうしたらいいの?」

共通の友人夫婦宅にて、友人夫婦と私の前で、唐突に彼(のちに夫)は言った。

しかし、その言葉の意味を彼は分かっているのかいないのだか。

「…市役所で婚姻届を貰って出せばいいんだよ。」友人(夫)が答える。

「それは分かるんだけど、ホラ、式とかってした方がいいものなん?」

その横で固まる私を見て友人(妻)が、察した。

「彼君、まさかとは思うけどテッちゃんにプロポーズした?」

「え?まだだけど。」
しれっと"それが何か?"みたいな顔をして言った。

友人夫婦は顔を見合わせて「やってもうたな。」と、まるで漫画のように声を揃えて言った。

          ***

彼は目標が決まると早い。
「やるべき事が分かったらそれをシミュレーションし、あとは実行するだけ。」

この言葉は彼の為にある様な言葉だと思う。とにかく彼はコレと決めるとストイック。

友人(妻)からの「式をするつもりなら結婚式場に見学に行けばいいよ。飛び込みでも大丈夫。あと私の意見だけれど、彼君は田舎の家だから式は出来ればした方がいい。」と助言を受け、
「へー。そんなもんかぁ。」
と、"いい事聞いたなぁ。"みたいな顔をする彼。

そして、その言葉の一時間後、恐ろしい事に私はとある結婚式場の玄関に居た。

彼は当たり前の様に「見学したいのですが。」と、受付の人に言っている。

ワタクシ、人生の急展開である。

結婚式場の玄関前で出土したばかりの埴輪の様に立ち尽くすワタクシ。何が起こってるのやら。

2年前に結婚した友人夫婦が自身の式場探しの際に、良さげだった式場を幾つか書いたメモを彼に渡すと、彼は「分かった。」と言いそのまま即座に友人宅から直で連れてこられたのである。

人生何が起こるか分からない。

そして、ナンダカンダとあってこの結婚式場で結婚式を挙げることになったのである。

         ***


式場で打ち合わせ。日が近づくにつれ、本当に細かい所まで煮詰める。選ぶ事が逐一多すぎる。
そして、選び出すとキリが無い上に迷う。

「それ要る?」って選択肢の中に、ウェディングケーキの上に乗せる人形をどれにするかというのがあり、もうそんな細かい事は宿題にして持ち帰る事も多かった。

たくさん決めることの多い中、悩みが一つ。
それは余興だ。
中にはしない人もいるだろうが、それまで出席してきた結婚披露宴では必ずされてきた余興。

招待した友人は彼と共通の友人も多かったので、人数もそんなに多くない。

また私の友人は恥ずかしがり屋が多く、反対にどんとこい気質な友人もいるには居るが、そういった人はかなり遠方の者ばかり。
やるからにはド派手でどてらい事を喜んでやってくれそうだが、わざわざ遠方から来る上に、何かやってくれなんて、何となく気が引けてしまった。

そんな訳で余興の人材豊かとは言い難い状態。かといって「ワシに一曲、舞わせろ!歌わせろ!」的な強引な親戚も居ない。

別に余興をやらなくてもいいが、私は歌だろうが手品だろうが、披露宴に参加した時は密かに余興を楽しみにしているタイプなので正直、"一つだけでも何らかの形で出来たらなぁ…"なんて思わなくもない。

私自身、何度か余興メンバーに抜擢された事がある。申し訳なさそうに頼む友人に、大して思うこともなかったのだが、実際頼む方となると、気を遣う…。

あの申し訳なさそうに頼む友人の顔を思い出し、「あの申し訳なさそうな表情は…そうか。そうだったのか。」と、今更ながら人に物事を頼む難しさを痛感した。

恥ずかしがり屋の友人達もきっと頼めば、心中はともかく引き受けてくれるだろうと思う。
しかし、打ち合わせに費やす休日に心と体力は摩耗し、"無理をして貰うくらいなら、余興はもう無くてもいいかなぁ…。"なんて消極的な考えになっていった。

         ***

そんなある日の夜。弟が私の部屋をノックした。

日々の心の疲れをだらしない格好でポテチを貪り、深夜番組を観て姑息的に気力をチャージをしていた私。

顔だけをニュッと出し、「姉ちゃん。結婚式の余興さぁ。決めた?」とイカつい顔でうすら笑いをした。
弟のイカつい笑い顔は慣れっこである。

「いいや。」
痛いとこを突くなぁと遠い目をして言った。

すると弟は「じゃあ、僕やるわ。」と申し出た。

「え?いいの?!」

思わず飛び起きた。
なんと!救世主がこんなに身近にいたとは!

弟はうすら笑いからニカァリとした笑いへと移行し「いいでぇ。バット折りするわ。」と、言った。

弟は空手をやっており、空手関係者(多分、弟界隈だけ)の結婚披露宴の余興では、参加メンバーで板割りやバット折りをやることは定番らしい。

ハテ?空手って披露宴の余興の為のものだっけ?
結婚式って、"割る"とか"折る"とか禁句じゃなかったっけ?

そんなアンタッチャブルな疑問はさておき。

渡りに船状態。
アメリカン カートゥーンアニメのキャラクターの様に高速で頭を上下に振って頷き、お願いする事にした。

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きっと私の日頃の行いが良いのだろう。イエー!

ただ弟が提示した条件がひとつ。

バットを固定する為の男性を3人、お願いして欲しいとの事だった。
彼に相談すると「学生時代の友人2人なら快く引き受けてくれるだろう。」と言った。

しかしながら、この2人は勿論、弟も面識がない。
おまけにこの友人2人はかなりの遠方から来てくれる。気軽に打ち合わせなんて出来ない状態だ。
"まぁ。そんなに難しくない事だろうし、当日で大丈夫かな。"と、ボンヤリ思った。

…アレ?…ちょいまち……2人??

「1人足りないよ?必要なのは3人だよ?」
そんな、うっかり逃しそうな超重要な疑問に、未来の夫はこう言った。

「俺がやるわ。」

最高のドヤ顔でそう言った。

そして更に続けてこう言った。

「でも、ただ参加するのは普通だから黒子の格好をして出るわ。」


普通って何?

普段の彼(夫)は何事にも冷静で落ち着いており、決して自らグイグイ行くタイプではない。絶対に。ここぞと言う時には強引さも秘めた部分もあるが、普段はそのカケラもない。
言葉は悪いが昼行灯タイプ。

そんな彼が目を輝かせて言っているのである。
私は「どうぞ。」としか言えなかった。

         ***

2003年の3月。
そんなちょっと隠し球を孕んだ結婚式及び披露宴が始まった。
バット折りの騒動の後に、夫の6つ年下の従兄弟のカイ君(23歳・学生・美男子)が余興の二つ目として、歌を歌ってくれる事になった。…余興が二つも…誠に有難いことである。

しかし、開始早々いきなりトラブルが起こったのである。
遅刻者が一人。
夫の学生時代の友人。余興のメンバーである。

友人達には式の参列もお願いしていたのだが、その時間にも現れず式は終わり、既に40分の遅刻である。電車に乗り遅れた上、遅延しているらしい。
ハラハラしていたワタシとは反対に、彼は「ハッハッハ。田宮君らしいなぁ〜。」と、そんな事なんて何でもないかの様に笑っていた。
結局、そのまま披露宴が始まり田宮君は更に15分程遅れてやってきた。

田宮君はちょっとヨレながら、高砂に近いその席にフラフラと座った。そんな友人に彼は本当に可笑しそうに笑いながら会釈をすると、割と男前の田宮君は笑いながら軽く手を挙げた。
垣間見える男同士の友情というやつだろうか。

その姿から遠方から来たご本人が一番ハラハラしただろうなぁと思った。自分の器の小ささを恥じた。

途中、ウェディングケーキの上に乗せる人形を何にするかという宿題をそのまま忘れていて、結局テッペンに何も乗っていない間の抜けたケーキがやって来るというハプニングがありつつも滞りなく披露宴は進行してゆく。

そして、ついに余興の時間。

後方でスポットライトを浴び、空手着に身を包み仁王立ちする弟と、お手伝いする彼の友人2人。
司会の方が、これから折るバットを披露する。

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バットはニスの塗りの回数で強度が変わるらしく、弟がベストな物を探し用意したものだ。
それに結婚生活で起きて欲しくない事を油性ペンで私が書いた。

「病気」「倦怠期」「家庭不和」etc…。

もう七夕の短冊よろしく、正月の絵馬真っ青のレベルで願掛けの如く書き殴った。この上ない欲張りセットである。

司会の方の巧みな話術でみんなの視線が弟達に向いている間に、彼は静かに席を立ち、高砂から近いスタッフ専用の出入り口に消えた。

そして舞台では、わざとらしく弟がジェスチャーで「1人足りねぇ。」みたいなアクションをする。
打ち合わせ済みの司会者が、「アラッ!大変!もう1人参加してくださる人いませんかぁー!」と声を上げた瞬間。

突如会場に鳴り響く暴れん坊将軍のテーマ曲と共に

「ちょっと、待ったァーーー!!!!」


と、黒子が声を張り上げ軽快に高砂席横の扉から飛び出し、余興の舞台へ走ってゆく。

「ちょっと、待ったァーーー!!!!」なんてセリフ、"ねるとん紅鯨団"以来、聞いたことがないぜ。なつかスィー。

そして、言わずもがなこの黒子は本日より彼から夫になる(予定の)ワタクシの最愛なる者である。
黒子の姿を厭わない夫。ノリノリで暴れん坊将軍の曲をTSUTAYAでチョイスした夫。

良いのかワタシ。
後悔しないのかワタシ。

そんな心の端で囁く小ちゃいテッセンは無視することにした。

余興の舞台に到着するや否や、同じく仁王立ちする黒子。招待客は一斉に「ダレ??」という疑問と共に、若干不穏な雰囲気に包まれた。
そりゃそうだ。
顔が完全に隠れた黒子だもん。分かるまい。

空気を察した司会者が「アラッ。アナタどこかで見た事があるような…。」と、ヒントを出す。
さすがプロ。有能極まりない。
察しの良い何人かは、居るはずの新郎が居ない高砂席をチラリと見て吹き出していた。

そんな中、余興の舞台では弟が細かくバットの固定の指示を出していた。角度や固定の仕方も大事らしく、一歩間違うと弟を含めみんなの大怪我に繋がる。

黒子ともう1人は地面に重なり這いつくばり、蹴りのインパクトに耐えられる体制を取った。
そして残りの1人は上からテープでバットと手を固定をして支えた。その真剣な様子に会場はシンとなる。

息を整え、普段ファニーな声のトーンしか出さない弟から発せられた気合い一発「押忍!」の声。

そして…。

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"バキャァン!"

会場が一拍息を吐いた後、一斉に拍手と歓声が上がる。
静かに4人は並び、弟の「せーの!」の合図と共に「押忍!」と声を合わせて一礼した。

バット折り演武、安全に無事、終了である。

その後、引き続いて彼の従兄弟、カイ君の弾き語りが始まった。
「大ウケの後なんて、やりにくいなぁ〜(笑)」
なんて言いながら、キラッキラの爽やかすぎる笑みを湛え、これまたグッとくる声と、その綺麗な顔から想像できない迫力ある声量で加山雄三の「お嫁においで」を高砂席の横で歌ってくれた。(カイ君はセミプロで歌唱力は折り紙付き)

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高砂席だからよく分かる。会場のオバサマ達のカイ君を観る目が氷川きよしを見るような目になっている。
ワタシの叔母のミナおばちゃんなんて明日辺りにド派手なカイ君のアイドルうちわを作ってそう。なんならおばちゃんが嫁に行きそう。

…そしてワタシの横で、その素晴らしい歌声に涙目になっている黒子。

違和感しかない。


         ***

その18年後の今。結婚記念日間近の休み。
私達夫婦は週末になると、大型スーパーまで一週間分の食材の買い出しをしている。

その帰り、人としてかなりポンコツのワタシがふと気付く。
「あー!しまった!ケチャップまだあるのに、また買っちゃった!」

ワタシはストックがあるのにすぐ忘れ、次々に日配品を買ってしまう。
3歩歩けば忘れる鳥頭もいいとこ。
ケチャップのストックはすでに2つある。マヨネーズなんて棚の中に5つある。パントリー棚はそんな日配品でギチギチだ。
ワタシの前世はリスかハムスターに違いない。

ガックリ。いつもながら自分の不甲斐なさとポンコツっぷりに落ち込む。そのくせに今日必要なソースは買い忘れているというオマケ付き。

「夫…。よくこんなポンコツを奥さんにしようと思ったよなぁ…。申し訳ないわ。」
その他にも日々色々やらかしているワタクシ。本当に人としてどうかと思う。

そんな事を言い出したワタシに、夫は運転をしながら18年前、田宮君が遅刻してきた時のように「ハッハッハ。」と可笑しそうに笑った。
それこそ"そんな事なんて何でもない"と言わんばかりに。
そして、普段自分の気持ちを滅多に言わない夫がこう言った。

「俺は結婚してから幸せしかないで。」




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