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【掌編小説】鳥人間コンテスト #3

「見て分からないですか。私、今から、ここから飛ぶんです」

燈子はできるだけ感情を込めず言う。止めたって無駄だ。
「あなたに迷惑はかけないから、見なかったことにして、そのまま帰ってくれませんか」

「・・・また、鳥人間か」

男はぼそぼそと独り言を言っている。ひとりで物思いにふけっているようでもあり、燈子はより警戒を強める。薬でもやっているのだろうか?やばい奴なら、自分の縄張りに足を踏み入れたことに怒っているのかもしれない。

男はくるりと背を向け、一歩ずつ屋上の入り口の方に向かって歩きはじめた。二十メートルほど離れた時、彼は向き直ってつぶやいた。

「俺は、鶏と呼ばれている」
「死にたいなら、俺が今すぐ殺してやる」

次の瞬間、赤髪の男は突然凄まじい速さで燈子に向かって走り出した。
助走をつけ、飛び上がる。
巨大な黄色いスニーカーが目の前に見えた。
男は、全体重を乗せて燈子の胴にドロップキックした。
燈子は、空中に投げ出された。


強烈な蹴りに意識を失う直前、私は、生きたまま火葬される五分前の夢を見た。  

火葬場。私は台に乗せられ、ごうごうと燃える炎の中に入れられようとしていた。
体は指一本動かない。周りの人間は見えない。ただ、黒い影のようなものが、私を窯にいれて燃やそうとしている。

映画やテレビで見る平面的な炎とは異なり、そこには、肉という肉を焼き尽くす不条理な熱があった。あそこに入れられたら、一瞬で、私の目も、鼻も、口も、ただの頭蓋骨のくぼみに戻ってしまうだろう。火を、目の前の死と直結して考えたのははじめてだった。


わたし、まだ生きてるんだって。死んでないって。
誰か気づいてよ。
必死に叫んでいるのに、真空。声が音にならない。
あれ?ていうか、私は、屋上から飛び降りて死ぬんじゃなかったっけ?
これって死んだあと?  

次に口にした言葉に、自分でも驚いた。

生きたい。生きてたいよ。死にたくない。まだ死にたくない。
生きるのが、楽しい。

生きたまま火葬される直前。私は、死にたくないと咽び泣いていた。

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