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無駄を幸せに変えるために【無駄からはじまる物語】

“第8回ぶんげぇむ”参加作品のため、お題にそった記事ですが、内容は体験に基づく実話です。

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「全部無駄だったな」そうとしか思えなかった。夫の死後の悲しみのあとに襲ってきたのはどうにもならない虚無感だった。

これから背負わなければならない大荷物のことを想像するだけで重みと虚しさに押し潰されそうでいっしょに消えてしまいたくなった。

大荷物とは、夫の夢だった建築中のカスタムホームのことだ。

子どもたちが大人になりそれぞれ所帯を持ち自立していく中で、やっと自分たちのことだけを考えて暮せばいいライフステージを迎えた。人生の最終章を過ごす場として選んだ土地に、夢と理想を盛り込んだ家があと少しで完成するはずだった。

この先の10年、20年いや30年と人生が終わるまでを夫婦でのんびり過ごそうと目論んでいたが、工事開始から2ヶ月ほどのある日、ちょうどコロナパンデミックの始まりと同時に夫の末期癌が発覚。まさに奈落の底に突き落とされた瞬間だった。

家が完成しても、あとどのくらい住めるのだろうと残念無念な気持ちで闘病にのぞんだ。コロナ禍の影響でことは何一つスムーズに行かず、工事は遅れに遅れ、夫は家の完成を見ることなく生涯を閉じてしまった。

わたしも合意したとは言え、夫の通勤と夫が望んだ自然環境を考慮しての土地に、夫の夢をカタチにした設計であり、主役を失ったあとは虚しさだけが込み上げた。

わたしにとって、気に入らないというわけではないが、お金をかけた部分に関して言えば、夫がいないとなれば「全部無駄だったな」ということになる。

車好きだった夫は、いつか50'sのクラッシックカーを何台か持つことが夢だった。そのときのために大きな車がゆうに6台入るガレージを作った。リビングルームの真ん中にある扉を開ければガレージが見わたせるという、フツーではあり得ないデザインだ。夫にとってのガレージはたいせつな車を“飾る”ショーケースであり、いつかのその日を夢見ていたのだろう。

あまりに個性的かつ奇妙な発想が飛び出す夫に「売るときが来たときに売れないような家を作らないでね」と設計段階で何度か諭したものの、「オレが住む家を建てるのだから、住みたい家を建てる。売れる家を建てるなら、建てる意味はないだろう」というのが持論だった。

「マスターベッドルームから直接オレの部屋に行けるようにして、そこには秘密の扉をつけて地下に抜けられる階段も設置するんだ」とまるで忍者屋敷を喜ぶ子どものようだった。

建築会社のセールスマネージャーは、「せっかくのカスタムホーム、あなたの希望どおりの家を建てるのが我々の仕事です」と言葉巧みに夫の味方をして微笑んだ。そうはいうものの、次から次への夫の難題にはずいぶん手を焼いただろうことは、素人のわたしにもなんとなくわかったほどだ

マジでそんな家を建てようとしている夫には呆れていた。呆れようが文句を言おうが、“夢見る夢夫”はどうせ聞く耳は持たない。何しろ、家を建てるというよりは、夢を実現しようとしているのだから。

「これまで頑張ってきたのだから、好きにすればいい」と思う一方で、「いったいどうなることやら……」とハラハラするのがわたしの正直なところだった。

それでも、夢の実現にチャレンジする姿勢を見ているとそのための努力や労力が半端ではないことがわかる。そんな様子を見続けているうちに、「しゃあない応援するか……」という気にもなってくるのが長年連れ添った夫婦の情であり絆ってもんだ。

「目をつぶるところはつぶってあげよう」そうして始まったプロジェクトだったが、完成目前にプロジェクトリーダーが消えたのだった。

6台入るガレージも秘密の扉ももはや「無用の長物」でしかない。それが幸せと感じる人がいてこそ価値あるものなのにさてどうしたものか……。

いい知れぬ虚無感に襲われながらも乗りかかった船である以上、放り出すことも許されなかった。無駄と思っているのは、わたしの感情であり、夫にとっては人生の幕を下ろす瞬間まで夢に突進していたのだから、無駄ではなかった。

稼ぎ頭を失ったうえ、住宅ローンがもれなくついてくる工事中の家の再建に向けて、残された家族が一致団結してありとあらゆる知恵を絞り家を完成させた。そのプロセスは無駄どころか、かけがえのない団結力を発揮した。それまで気づけなかった自尊心も開花させてくれた。

ものごとを無駄にするかしないかは、捉え方次第だ。そもそも「無駄」とは役に立たないこと、それをしただけのかいがないことをいうのだから、価値のあるものに変えればいい。

近い将来「この家はおじいちゃんが建てたのよ」なんて新たな命に話せる日を想う。そして、夫がわたしのためにデザインしたキッチンで、確かにあった夫の生を背後に感じながら、今日も焼き立てパンの香りを漂わせている。




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