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梓林太郎「人情刑事・道原伝吉 横浜・彷徨の海殺人事件」

梓林太郎「人情刑事・道原伝吉 横浜・彷徨の海殺人事件」(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓
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 長野県警松本署も道原のもとに、困惑した通報があった。電話があった。一言も喋らない見知らぬ男が、自宅前に佇んでいるとのこと。男の事情聴取の結果、いちご園という老人介護施設で働いていた経歴があった。いちご園ではかつて、入居者が栗の箱に入った現金3,000万円を盗難される事件があった。その後に失踪した職員が滝谷文高だった。道原たちは、とりあえず滝谷を泳がせることにした。その足で京都で暮らす北見静香のもとを訪れた滝谷は、彼女を世話する家事手伝いの山元あき子と3人で横浜で優雅に暮らすことになった。しかし、自宅前に密かに何度も置かれた栗の木の函。滝谷は女性たちを連れて、引っ越しを繰り返すことになる。松本→横浜→京都→横浜→新潟→横浜→津軽→仙台→東京。果てしない三人の流浪の行き着くところは。
 出来心で犯した犯罪によって狂った人生。多額のお金が人の心を迷わせる。その事件を除いては実直で、心温かい男が繰り返す過ち。孤独な男が愛する女たちとの心の通い合いが、悲惨な末路とのギャップで物悲しい。『できれば逃げ切って欲しい』とまで、読んでいて思う。それは3人が社会的弱者であり、身を寄せ合ってこそ生きていけるから。それぞれに言えない過去を持つ3人。逃げて、逃げて、流離う人生。そこには常に監視されて、怯える人生があった。重ねた罪がいつかは裁かれることは、世の道理。しかし罪人にも一片の理ありと思わせる物語の余韻。そこが名手・梓林太郎のミステリー小説の奥行き深さである。


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