見出し画像

PPP的関心【行政経営でも民間プロジェクトでも目的の共感と人財を活かすことが大切】

最近この手の話が続いていてPPP的関心というテーマにはどうかな…と自分でも思うのですが、今回もまたそんな話題です。
やはり物事を進めようとする際には進め方(手法の選択や手順)ももちろん大事なのですが、誰がどんな仲間とやるのかはもっと大事だと気付かされることが最近多くなっています。
今回も先週訪問した視察先で(前)行政トップから伺った話と自分の講義に来ていただいたゲスト講師の言葉が自分の中ではとても重なったので、そのこと(人材・人財)について書いてみます。
*写真は、前日訪問した元法務局をアートギャラリーにコンバージョンした「ギャラリーみつけ」の外観(筆者撮影)

新潟県見附市の「”健幸”づくり」と「スマートウエルネスみつけ」を率いた人財活用

先日、新潟県見附市を訪れました。たまたまご縁があり、なんと前・市長に街中をご案内いただくというこの上ない幸運(大変お忙しい方なので、そのような機会は本当に貴重だと思います)に恵まれました。
見附市では既に新しい市政がはじまっていますが、現在も引き継がれる施策に関わる施設やご自身が主導したプロジェクトなどを市内各所を背景や過程のエピソードを交えながら視察させていただきましました。

実際に動く人が働きやすい環境と目的志向

「健幸」というコンセプトに代表されるように見附市の取り組みは「市民のため」の思いがつまった他の市町村も注目する施策ばかりです。ただ、今回の視察では、個別の施策や施設の素晴らしさの話題ではなく、それらの取り組みを進める上でリーダー(首長)として実際に事業を進める市役所職員の「働きがい」の創造や彼らが「働きがい」を実感する環境整備(例えば減点的な見方をせずプロジェクトごとでみる、自分の責任を名言することなど)を進めたエピソードに私の関心は高まりました。また「 ”これをやることは市民のためになるのか” がいつも自分の最後の判断基準」という(前)市長言葉に象徴されるように、自らにもそして周囲にも常に「取り組みの目的は何か」を問いかける姿勢にも大いに心惹かれました。

市民のシビックプライドを「引き出す」関係性

シビックプライドを「醸成する」という具合に、どことなく為政者側を主語にした語られ方をよく耳にします。しかし、今回の視察で見附市で出会った人々からは「引き出された」シビックプライドという言い方が正確だな、という印象を持ちました。
例えばイングリッシュガーデンの手入れにボランティアとして参加する市民や、市職員を引退後に自分の経験やスキルを養護施設や清掃センターなどで活かすシニアなど何人もお会いしました。これらは準備された対面などでは決してなく、実際の体験としては施設をご案内していただく場所場所で歩いている前市長を見かけたり偶然出会った人々から次々に声がかかり、寄ってきたという表現が正確な出会いでした。
出会いの場面で(前)市長と対面する市民の方々との会話のなかで交わされる言葉の端々から、リーダーからの「取り組みの目的」が市民に伝わり共感される「身近なでフラットな関係性」があり、その関係性を背景として各々の人が共感した「目的」の実現に自分が持っている力を発揮して貢献しようとする姿がありました。まさに元々個々人が持っていたシビックプライドが ”引き出された” という感覚を持ちました。

まちづくりは人財(人材)づくりとともに

先日講義でゲストに来ていただいた、鹿児島市内や周辺の市町でまちづくりに関わる、地域活性に貢献する取り組みを10年以上に渡って続けている方の講義の中での言葉です。
特に強く印象に残っている言葉は「まちづくりはともかく長い。10年経ってもまだ途中です。だから強く明確な志を持つことは必要だし自分が率先し続けることも大事だけれども、いつまでも先頭に立って走れないという謙虚さとその自覚も必要だと思います。ではどうするか。走りながら引き継ぐ人財を育てることが大事なんです。」という言葉です。
自分がやりたいことを自分の力で成し遂げたい、成し遂げるまで自分は前線から引き下がれない(退きたくない?)と考えがちなリーダーが多いように思う中で、大変意外な言葉でした。
しかし、言われてみれば確かにその通りだよな、と今更ながらに気づく話でもあります。
まちづくりと言われる取り組みに関する活動は手段であり、目的・創り出したい姿・状態は別です。自分だけしか使えない、仕切れない手段でしか実現できない目的では自分がいなくなればその取り組みは終わります。そうではなく誰がやっても同じ行き先に行けることこそが目指されるべきです。

目的的であること、人財を活かすことを通じて思う。「規模思考」からの離脱の鍵、という期待

週の前半そして週末と連続して、立場や役職は違えど住み暮らす地域を元気にするという志を持ち活動を率先するリーダーから、異口同音に「人を活かす環境整備」「人材の発掘、育成」がまちづくりにとって重要だという話を聞いてこれは自分に与えられたテーマだと思わず思ってしまいました。

二つの例を見聞きして、ふと思ったことがあります。共感と人財で「規模」の壁を乗り越える(行き来する)ことができるのでは、という期待です。
例えば見附市は5万人にも満たない小規模な市です。これまでの規模思考でみれば「小さな」「財政力や人財力が不足しがち」な街とも捉えられます。しかし実際は市民や職員の力を「引き出す」ことにつながる顔が見えるからこその共感と対話があることが優位性になっています。情報と人財が規模の壁を乗り越える(往来できる)ことを「実感として」理解できました。
鹿児島の例も、民間プロジェクトでそもそも数十名のなかでもきちんと共感と人財を意識することでより大きな行政を動かす力にもなっています。

たまたま続けて「人」に関心を寄せた記事を連ねましたが、特殊解を一般解にするためにも、私自身ももう少し強く「人」に関心を寄せていこうと改めて思った次第です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?