見出し画像

決めたいけど、決められない。

最後のnoteからどれくらいの時間が経ったんだろう。
2ヶ月か。長いね。あっという間だったけども。。

彼と連絡が取れるようになってからしばらく話し合いをして、将来に対する考え方の違いや、結婚に対する考え方などなど、お互いの素直な気持ちを伝えた。

もう自分が見ている方向や進んでいるスピードが彼とは全然違うんだなということが認めたくないけどわかった。

恋愛のことや、自分が決めきれないことについて考えてみることに。


考え方の違い

彼の考え

・結婚相手は年齢や次付き合ったら結婚というわけではなくて、性格や将来の考え方(どこで暮らしたいのかとか、仕事はどうするのかとか)が合うかどうか
・遠距離で会わなければ何も進められない。ズームで友達や妹に会うのも、2人の関係にしこりがある状態では気が進まない。
・離れてて連絡してないから、付き合ってる感覚が薄れてしまう、この関係は何なんだろう?と考えていた。


私の考え

・31くらいまでに結婚したい
・今の彼だから結婚して子供が欲しいと思えるようになった。 
・遠距離でも連絡を取り合ったら2人の関係は進められると思っている。
・友達や妹に会ってもっと私のことを知ってほしい。
・ちゃんとコミュニケーション取れる関係がいい。じゃないと付き合ってる実感が薄れたり、好きの気持ちが薄れていくのは当然だから。

ざっとまとめるとこんな感じ。

同じ方向を見ているようで、見ていない。
前に進みたい人と、今は動きたくない人。

色々詰めて考えなければいけないのはわかっていても、7月くらいからこの件に限らず、「決定」する行為が怖くて仕方がない。

何かを決めること=何かを失うこと・手放すこと・諦めること・もう2度と手に入らないこと

気づけばこんな構図が出来上がっていた。

当たり前のことかもしれないけど、

何かを選ぶと、何かを失う。

ここ最近はこの1・2年が自分の人生を大きく左右する気がしていて、小さな一つの決断でさえ決めきれない。すごく重い。

Twitterに「別れるぞ!」と宣言したとて、何も知らない彼の顔を見ると

「次回でいいか。自分さえ言わなければこの関係は変わらないのだから。」と自分の弱さに甘え、先延ばしにしてしまう。 そして自己嫌悪。 

恐ろしいのは、時間が経つと「あれ?なんで別れようとしていたんだっけ?」とあの時の心の痛みや違和感、見ている方向性・人生の進んでいるスピードの違いを忘れ、また現状維持しようと思考を停止するところ。


自分ってこんなに優柔不断だったっけ?

ここからは、私がなぜ決めきれないのかについて。

思い返すと幼少期はすごく優柔不断だった。でもそれで親を困らせていたのが分かっていたのである時から、優柔不断を克服したふりをするようになった。

これが人気そうだから。

こっちの方が親も気に入っているから。

こっちの方がお金の負担が少なそうだから。

決める基準は自分が好きだから・やりたいからではなく、親の気持ちが常に頭にあった。・・・特に母親の気持ちを考慮して決めたものが多かった。

母に強要されたわけでもないのに、なぜ母基準で自分の人生を決めるようになったかというと、母に幸せになってもらいたい気持ちが無意識にあったから。

子供の頃から母の生い立ちを聞いて育っているけど、葛藤の多い人生だったんだろうなと思う。

母は、親に認めてもらえなくて看護師になりたくてもなれなかった。

じゃあ、私が看護師になろう。

母は、若い頃留学をして海外の人と話してみたかった。

じゃあ、私が留学しよう。

などなど、私の人生の大切な節目には大抵母が絡んでいる。(母にそうしろと強制されたことは一度もない)

実家にいた時、うちの家庭はある意味崩壊していた。見た目上、家族として機能しているけど、精神的には破綻していた。 家族というものがいまいち分からない。精神的なつながりを知らないまま私は大人になった。

父と母は仲が悪く、喧嘩をする時代は遠に終わり、冷戦時代。

いつも不機嫌で、笑わなくて、イライラしている母。

気性が激しい、人の心や感情が分からない父。

そんな環境で子供から見ていても母はいつも不幸そうだった。こっちが悲しくなるくらいに。

離婚したいと常々言っていたけど、「じゃあ離婚したら?』と聞くと

「あんたたちがいるのに離婚してどうやって暮らすの?!」と言われた。

「私たちがいるから、母は幸せになれないんだな。」と思いながらずっと生きてきた。

だから罪滅ぼしのつもりではないけど、「母が少しでも喜ぶこと」が物事を決めるときの大きな判断基準となっていったんだと思う。


いつも笑わない母親に幸せになってもらいたかったから。

ただ笑っていて欲しかったから。

私が代わりに母のやりたかったことをやったら、母が幸せになれるかもしれない。また笑ってくれるかもしれない。

そんな気持ち・願望が無意識に自分の人生の決定権・コントロールを奪っていた。

私、いつになったら自分のやりたい・欲しいを基準に決定するようになるんだろう?とふと気づいた。

自分の人生なのに何か虚無感があり、何かを努力をして成し遂げたとしてもその結果に全く価値を感じなかったり。自分の人生なのに、常に空っぽ感が付き纏っていた。

そりゃそうだよね、自分の人生歩んでないんだから。笑 ってことに気づきました。笑

恋愛に話を戻しまして〜


色々なことに向き合い、彼と意見や考え方の違いに気づいた時、「別れ」という選択肢が突然自分の手の中に現れた。

いつでも・どんなことでも自分で決めることができるのに、今まで自分基準で物事を決めてこなかったので、その決定がとても重く感じる。

そして、「別れる」と決めること=2度と戻れない に繋がっているから

しんどいくらいに重く感じているんだと思う。


何かを手に入れるためには、何かを手放す


私は彼との将来が見えていたけど、彼には全く見えていない状態だったみたい。

煮詰まりすぎて、もう仕事も恋愛も一回全部0にしたい!とコーチに連絡。笑

『右脳を使うクリエイティブなことをしてみて。』という不思議な返事がきた。

クリエイティブ能力は低いので、悩みに悩んで、久々に秋仕様に家の花を新調して、生けるか!と思いついた。

元々飾っていた枯れかけていたドウダンツツジを剪定・そこに新しく買ってきたスモークツリーを加えた。

剪定前に花瓶に一緒に行けたら、まあ無様で。。。バランスが悪かった。

全体のバランスを見て、一つ一つ、枝や葉を整えていく。

無心で30分ほど作業をして、納得のいく飾り方ができた。自己満だけど、綺麗。

終わった頃には、

こうやって、手放していくこと(枝や葉の剪定)で、新しいもの(スモークツリー)が入るスペースが生まれて、全体として綺麗にまとまっていくんだな。と思うようになった。

不思議なことに、手放すことに対するネガティブな感情が薄くなっていた。

さすがコーチ。笑




物事の決定権を自分中心的に考える。

自分がどうしたいのか、どうありたいのか、どうなりたいのか。

これを手放して、次に何を手に入れたいのか。

うっすら気づいてはいるんだけど、まだ確証が持てなかったり新しいものを選ぶのには勇気とエネルギーがいる。

今はエネルギー補給が必要なのと、何を手に入れたいのかにもっと素直になって、静かに考えようと思う。


自分のペースで進めよう。って妹が言ってくれたんだけど、

そんなわがままでいいの?って今までの思考だと感じるけど、

自分の人生だからそれでいいんだよね。


全くまとまりないんだけど、終わり。笑


画像1










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?