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「ワン・オブ・ザ・コープス」#2

【承前】

光。闇。

ガゴン、プシュー……。カプセルが開き、新たなジョイが目覚める。体中の管を引っこ抜き、外す。

「…………ここまでか」
コキコキと肩を鳴らし、深呼吸&ストレッチして、自我を肉体に馴染ませる。目覚めは悪くないが、また死んだ。
シューッ。ドアがスライドし、白衣の金髪メガネ野郎が現れる。ドクター
名はペイン・グリーフだが、俺はいつもドクターと呼ぶ。いい匂いの紅茶なんか飲んでやがる。

「おはよう、ジョイ・プレジャー。えーと、16番目かな」
「忘れた。残りはいくつだ。次のは出来てるか」
「残りは17。次のは……今回ので資源は調達出来たから、2時間もあればなんとかなる。……それまで、少し休もう。君の自我に悪い」
「そうするか」

休息は必要だ。肉体は替えがきくが、精神力は無限じゃない。
「前回のアタックタイムは、連続……56時間22分06秒。新記録だね」
「休息は何度かとったが、そんなものか。中枢までは遠いな……」

俺たちがアタックしているのは、オーストラリア大陸の西側六分の一を占める広大な地下施設。クローン兵と銃器を生産し続ける廃棄プラント「アブロコマス」だ。道を遮るクローン兵を殺せば資源になり、俺を通じて電子的に回収され、ある程度は俺の肉体の生産などに使われる。

中枢まで辿り着いて停止させ、重要な情報を持ち帰る。それが仕事だ。核や生物化学兵器で破壊しては元も子もない。多数の兵士や拠点構築者を送り込む余裕はない。死なずに行くのは無理。リスポンし、徐々に近づく。それしかない。それができるのは、いまのところ俺とドクターだけだ。だが。

「俺をさっき殺したのは、何者だ? 『俺と同じ』だと?」

ドクターは肩をすくめる。
「ああ。バイタルサイン、その他のコードが君と一致していた。死んだ君のボディを回収して、クローン兵の材料にし始めたんだろうな」
「俺と戦って殺さなきゃならないわけか。確かにこれまでの連中も、突っ込んでいって死んだ連中から造られてたな」

死体が持っていかれても、リスポンは今まで到達出来た場所に固定される。迂闊な場所で死ねば、何度も死んでやり直しだ。あいつらも「学習」し始めたか。こちらの学習能力が上回ってるうちに、速攻でやらねば。2時間は大きなタイムロスだが、必要な時間だ。無理は禁物。

「次のアタックまでに2時間もある。どうする?」
「食事だ。口でものを食いたい。エッセンスを静脈注射するだけの食事にも飽きたんでな。あと、俺にも紅茶を寄越せ」

ゆっくりと食事や休息をとり、リラックスする。地平線まで続く赤茶けた荒野と雲ひとつない青空を眺め、物思いに耽る。
俺、ジョイ・プレジャーがこんな仕事を始めたのは、ドクターのせいだ。

あの「大戦」が終わって、人類の総数は半減したが……まだまだ多すぎる。クローンも、アンドロイドも。増えすぎた。人口を減らすための戦争。月や火星や金星への大量移住。おびただしい死、死、死体。死体の上の快適な生活。戦場という快適な寝床。みんな楽しく暮らしてる。

俺は、ジョイ・プレジャーは、誰かの代わり、クローンだ。もとになったやつが死に、そのデータが失われて、俺はただの俺になった。生まれてこのかた戦いしか知らない。多少の知識をインストールされても、肉体の何割かをサイバネにされても、俺を変えるほどのものじゃない。俺は俺だ。そうでなけりゃ、誰だっていうんだ。俺は俺の人生を生きる。そのために生きる。

「アブロコマス」への再アタックが始まる。通り道にバラまいておいた微細なチップを通じて、周囲の状況を観測し、最適な位置を割り出す。あまりリスポンが続けば向こうも不審がり、対策を講じてくるだろう。あの電光をいかに避け、抜けるか。それに、手間取れば企業軍が介入してくる。

「ジョイ、調子はどうだい」
「オールグリーンさ、ドクター。座標はいいか」
「チップの反応によれば、さっき君が死んだあたりから40mばかし後退だ。あの罠を避ける脇道があったってさ」
「俺のクローンは?」
「君の生体反応を察知して、その罠を作動させるシステムに組み込まれてるね。神経系だけ。君のボディをクローン兵とするにはまだ時間が必要だ」
「了解」
「さて、あと60秒で転送を開始する。リラックスしてな」
「オーライ。頼むぜ」

60秒間、物思いの続きだ。ドクターは俺を使ってカネを稼ぐが、それはほとんど俺の整備と再生産に消える。あいつの手元に残るのは微々たる生活費と可処分所得、そして俺の持って来たデータ。カネに換えがたい価値がある。

戦場。重傷を負って放置された俺を、見下ろす影。白衣の男。

―――やあ、ジョイ・プレジャー。死にそうだな。

―――そうだな。軍医だろ、助けてくれよ。まだ戦えるぜ。

―――そうしてやろう。なあ、君は不死身になりたくないか?

―――ありがとよ。不死身ねえ。なりたいけど、おまえが自分でならないってことは、ヤバいってことだろ。

―――その通り。ヤバいさ。そして僕は、不死身の君を使って……を手に入れる。

―――……

記憶情報が弄られてる。が、まあ、どうでもいい。あいつの口車に乗って、俺はここへ戦いに来た。灰色な人生を捨てて、リアルなゲームを楽しもう。苦痛を快楽に、悩みを楽しみに。難問を学習で切り抜けて、さらに先へと。それが俺の喜びだ。

『5、4、3、2、1、0。GO、ジョイ、GO!

【NEXT STAGE】

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