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歴史に翻弄された兄弟の話。『呉清源とその兄弟』桐山桂一


一人は家のために生き、一人は祖国のために生き、一人は才能のために生きた

『呉清源とその兄弟』は、20世紀初頭に生まれた呉家の三兄弟のお話。日本でいえば明治時代。一番下の弟は、碁の天才として日本に招かれ、長男は家族と一緒に来日して満州国の官僚になり、戦後はその経歴を隠すように台湾へ移住。名前も変えました。一方、次男は中国大陸に残って革命活動に参加、共産党員になります。

でも、三男の呉清源は才能のために生きたというより、才能ゆえに歴史に翻弄された印象。でも、淡々としておられます。ご本人がまだご存命だからら書きにくかったのかもしれませんが、本人の立ち居振る舞いがそういう印象です。なので、桐山さんがいうように才能のために生きたって文章は過剰な装飾に思えます。

お兄さんは、本書執筆時点でなくなっておられたので、生前のインタビューがありません。また、経歴を隠したり、そもそも戦争中で資料がなかったりという理由もあるようですが、おかげで存在感がなくて、あんまり家のためという感じがしません。中国的なというより普通に家族のためぐらいな、小さくまとまった印象。

そして、次男の革命時代の詳細な記述は圧巻ですが、中華人民共和国が成立してから文化大革命で迫害される部分のあっさりした記述は、本人生存中で語れないとしても、やはり残念。もう少し詳しく知りたかったです。

呉清源九段自身の伝記は、他の人が何冊か書いています。なので、本書では歴史に翻弄された兄弟の部分を前面に出そうとしたのかもしれません。でも、戦前は本筋以外が詳細で、かえって三兄弟の輪郭がぼやけがちな部分もあったり、冗長だったりします。

現在の日本の読者に忘れ去られている部分を強調したかったのかもしれないですが、中国共産党の革命部分の記述が過剰にウェットというか、見てきたような断定口調で不安になったり。三兄弟の経歴に即しつつ、でも、もっと取材対象を突き放して書いてもらえてたら、もっとおもしろくなったのではないかと思うのは、無いものねだりでしょうか?

主役の呉清源九段に関しては、彼個人に対しても戦中戦後の日中の囲碁界についてももっと知りたい部分が多くて欲求不満になってしまいました。彼がこだわった宗教についても詳しく知りたいし、台湾や中国との往来についてももっと詳しく知りたい。日中合同で映画化されていたり、またその後も中国人監督に台湾の俳優さんというキャストで二度目の映画化があったりということで、引き続きお勉強したいと思います。


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