あるカンボジア人の人生。『淡淡有情』平野久美子
この本は、平野久美子さんが、第6回「小学館ノンフィクション大賞」を受賞した作品です。平野さんは、名著『食べ物が語る香港史』もそうですが、じんわりと積もるような語りがステキです。
主人公は、戦前の日本でエリート教育を受けたカンボジア人ウォンサニット。彼は曾祖父が中国系で、もとの名前はコン・ルーム。フランス統治下では、いくら頭がよくても、農民は高等教育を受けられませんでした。
日本が対英米戦争に突入し、南進してくると、彼の住む村はタイ領になり、タイ風のウォンサニットに名を改めます。そして、日本統治下で、農民の彼は、南方特別留学生として日本留学できました。優秀だった彼は、戦後も日本に残って慶応大学医学部を卒業し、日本人女性と結婚します。
日本敗戦後、カンボジアはフランス統治下に戻りますが、シハヌーク王子の努力で独立を実現。ウォンサニットは、シハヌーク王子来日を機に祖国へ戻り、語学力を生かして外交官として活躍します。ところがその後、運命は暗転。シハヌーク外遊中にクーデターが起こり、彼ら夫婦はフランス亡命をよぎなくされてしまいます。
ウォンサニットの一生は、カンボジアとインドシナ半島の悲しい歴史に重なるようです。そして、彼の仕事や故国に対する姿勢、彼を支援する人々にみえ隠れする日本。カンボジアからみたフランス、日本、中国、アメリカは、これまで私がイメージしていた国とは別物のようでした。
そういえば、外交問題に詳しい知人が言っていたけれど、「日本からみるスイスはとてもきれいなイメージ。でも、中国外交からみたスイスはとてもやり方の汚い国」だって。立場や視点が変われば、見えるものも変わります。そういう意味で、自分の国の歴史だけでなく、外国史の本を読んだり、勉強したりすることは、すごく意義があることなんだと気付かされます。
本書のタイトル『淡淡有情』は、中国語の「淡淡幽情」(=あわく秘めやかな切なさ)をもじったものだとか。平野さんの語るウォンサニットの人生は、この本のタイトルのように、じんわりと読後の心に残ります。